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2007-07-19 00:00
東アジア共同体をめぐる動きについて
大庭三枝
東京理科大学准教授
ここ数年間における、東アジア共同体構築についての議論の活発化は驚くべきものである。戦後長らく、「東アジア」単位での地域主義的動きに対しては、若干の例外を除き、日本も含め各国は慎重な態度を取り続けてきた。その流れに変化が起きるのは1990年代に入り、マレーシアからEAEG構想が提唱されて後のことである。EAECと改称されたこの構想の実質的な「棚上げ」を経て、1997年のアジア通貨危機を直接的契機とし、ASEAN+3を中心とした「東アジア」地域協力が積極的に推進されるようになった。東アジア共同体構想の浮上とそれを巡る議論の活発化はこのような東アジア地域主義の展開と連動している。
東アジア単位でまとまり、共同体形成を目指すというのは「アジアのことはアジアで決めたい」という志向性に基づく動きである。それは、欧米特にアメリカに対し、必ずしも敵対的かつ完全に排他的な態度を取らずとも、それらから相対的に自立した地域メカニズムを構築しようという志向性である。そうした志向性を、東アジア諸国の多くの政策担当者や知識人らが、アジア通貨危機以降強く共有するようになったことが、近年の東アジア共同体を巡る議論の活発化の主要な理由の一つである。
このような相対的に自立した地域メカニズムの構築を可能にするほどに、東アジアは地域化しているのかについては、懐疑的な見方もある。経済的相互依存の進化により、確かに東アジア経済圏のようなものが実質的に成立しているのは事実の一側面であろう。しかし、アジアからの輸出市場としてのアメリカの存在感、欧米諸国から流れ込む直接投資の重要性、また安全保障分野におけるアメリカを中心とする二国間同盟網の果たしている役割なども未だ無視できない。
「東アジア」にオーストラリアやニュージーランドやインドを加えた「東アジア・サミット」の参加国で構成される「拡大型東アジア」を提示し、より「開かれた」地域共同体を目指そうという動きも出てきている。そのような「拡大型東アジア」の地域構造が存在していることの反映である。しかし、このような現実を踏まえてもなお「ASEAN+3」加盟国すなわち従来の「東アジア」における共同体形成に関する議論がなお活発であるところに、その底流を流れる「アジアのことはアジアで決めたい」という志向性の根強さを示している。
東アジア共同体形成を担う組織として「ASEAN+3」と「東アジア・サミット」が「両立」していることは、上記の志向性についての東アジア各国の受入れ度が多様であり、いまだ定まっていないことを反映している。この、共同体のありかたの根幹に関わる東アジア共同体の範囲の問題に答えを出すことは、現在とりあえず先送りされている。他方、「可能な分野やプロジェクトについて、ともかく実質的な協力を進めていく」という機能的アプローチによる協力も通貨・金融やエネルギーなどのいくつかの分野で進められつつある。しかし、機能的アプローチ推進の先にどのような共同体の構築を目指すのかという問いに正面から答えねばならない日はやがてやってこよう。
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