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2021-03-13 00:00
(連載2)習近平の「海洋帝国」の建設と海警法施行
斎藤 直樹
山梨県立大学名誉教授
海警法の施行は特段、尖閣諸島だけを標的とした動きではなく、南シナ海や東シナ海全域を対象とする動きであると言える。この結果、中国がわが国だけでなく台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシアなど近隣諸国との対立を激化させかねない可能性がある。しかもコロナ禍の下で中国の海洋活動が一段と過激かつ横暴になっているところにもってきて、海警法が施行されたことで海上での武力衝突の可能性が一段と高まることが懸念される。現在、コロナ禍の下でわが国を含め中国の近隣諸国がコロナ対策に追われている間、習近平指導部はコロナ禍を逆手に取るかのように世界大国の実現に向けてがむしゃらに突進している感がある。この結果、香港の自治の事実上の剥奪を始めとして、上述の南シナ海ほぼ全域の領有化に向けた動き、南沙諸島の「軍事拠点化」に向けた動き、台湾の軍事併合に向けた動き、わが国の尖閣諸島の実効支配に向けた動きなど様々な問題を引き起こしている。こうした動きにもはや看過できないと見たトランプ政権は2020年7月以降、様々な分野で猛然と反転攻勢に打って出た。香港の自治の剥奪に対して、香港に認めてきた関税上や金融上の優遇措置を撤廃した。南シナ海全域の領有の動きに対抗して、7月に南シナ海で「ニミッツ」と「ロナルド・レーガン」など米海軍空母打撃群を派遣し、二度にわたり大規模軍事演習を行った。南沙諸島の「軍事拠点化」を牽制するため、南沙諸島の近接海域に米海軍ミサイル駆逐艦「ラルフ・ジョンソン」を派遣し、「航行の自由作戦」を敢行した。台湾の軍事併合に向けた動きを阻止するために、台湾との防衛協力を推進した。中国による尖閣諸島の実効支配を阻止すべく日米合同軍事演習を行った。さらに中国通信機器企業のファーウェイなどを通信市場から締め出すと共に、テキサス州ヒューストンの中国総領事館に対しスパイ活動の拠点であるとの疑いがあるとして閉鎖を指示した。
こうした状況の下で、7月23日にポンペオ前国務長官は「共産主義中国と自由世界の未来」という演題で、米中新冷戦の勃発を示唆する演説を行った。その中で、米国は1972年以降、中国への関与政策を行ってきたが、最終的に失敗であったと、ポンペオ氏は回顧した。破綻した全体主義イデオロギーの信奉者である習近平氏は中国共産主義による世界の覇権を握ろうとしていると、同氏は論じた。中国共産党は米国社会の内部に侵入し、勢力を拡大しつつあると力説し、今後、米国は自由と民主主義、人権、法の支配を共有する国々と連携し、中国の脅威に断固対抗しなければならないと、ポンペオ氏は結論づけた。この結果、米中間の厳しい対立は今や、冷戦が勃発したかのような様相を呈している。とは言え、習近平指導部によるこうした現状の変更を目論む露骨な動きを米政府は必ずしも抑制できていないのが現実である。トランプ政権の時から、南シナ海ほぼ全域の領有に向けた動きや南沙諸島の「軍事拠点化」に向けた動きに歯止めが全くかかっていない。これらの目的が達成したと習近平指導部が判断することがあれば、今後の課題は台湾の軍事併合であり、尖閣諸島の実効支配ということになろう。バイデン政権が今後そうした習近平指導部の動きを封じ込める断固たる意思を示さない限り、同指導部はお構いなしに台湾の軍事併合や尖閣諸島の実効支配に向けて邁進するのではなかろうか。
現代の中華思想の体現者である習近平氏の目には、わが国を含め近隣諸国は中国に隷属すべき存在以外のなにものでもないと映っているのであろう。同指導部の露骨とも言える権威主義的かつ覇権主義的性格は新型コロナウイルスを通じ一気に露わとなったと言える。同ウイルスを中国国内で封じ込めるどころか、世界各地でパンデミックを引き起こしたことに対し習近平氏は一言の謝罪も行わない。それだけでなく中国の近隣諸国がコロナ禍の下で一様にコロナ対策に追われている最中に、世界大国の実現に向けてがむしゃらに突進している。コロナ禍を引き起こした張本人がコロナ禍を逆手にとるかのように国家戦略の完遂に向けて突き進もうとするのであるから、常軌を逸した話である。習近平指氏にとってコロナ禍は禍ではなく機会なのであろう。習近平氏は2020年9月22日の第75回国連総会一般討論演説で、「われわれは覇権、膨張、勢力圏を決して求めない。冷戦や熱戦をどの国とも戦うつもりはない」と断言した。「覇権、膨張、勢力圏を決して求めない」と習近平氏は言うが、同指導部が追い求めているものこそ「覇権、膨張、勢力圏」そのものでないのか疑問に思えてならない。
香港から自治を剥奪するにあたり50年間にわたり香港の高度な自治を保証するとした、1984年の英中共同宣言に真っ向から違反する香港国家安全維持法を制定、直ちに施行したとおり、習近平指導部の手法は国際法と抵触しかねない国内法を一方的に整備し、国際社会からの批判などどこ吹く風といった調子で、それを根拠に国際法違反の露骨な行動に打って出るというものである。自国に好都合な法律を制定し、それに基づき恫喝と軍事行動を正当化する手法こそ、同指導部が得意とすることを理解し対処しなければならない。今回、国際法から真っ向から抵触しかねない海警法の制定、施行もこうした文脈から捉える必要がある。しかも王毅外相などが3月7日に海警法は「完全に国際法に合致する」と平気で吹聴するのであるから、天地逆さまになっているのではないかと疑われるのである。(おわり)
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