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2021-01-21 00:00
法の支配への無理解こそチャイナ・リスクの根源
倉西 雅子
政治学者
昨年、日本国の外務省は、秘密指定の解除により天安門事件に際しての日本国政府の一連の対応を記した公文書―‘天安門事件外交文書ファイル’―を公開しました。同文書は、中国、並びに、非人道的行為に対する当時の日本国政府のみならず自由主義国側の中国認識の甘さを改めて浮き彫りにしたように思えます。同文書には、天安門事件時における自由主義国諸国の動きも記録していました。中でも注目されたのが、当時のマーガレット・サッチャー首相の発言です。同年9月14日、駐英日本大使館での夕食会の席で「鄧小平は英政府も法律の下にあることをどうしても理解せず、国家が欲すれば法律を変えればよいと主張した」と述べ、時の最高権力者であった鄧小平氏が、法の支配を全く理解していなかった事実を述べています。そして、サッチャー首相は、「今日の中国の問題はまさにこの考え方に根源がある」と総括しているのです。
中国がWTOに加盟していない1989年当時、日中間の経済関係や両国間の交流は未だに限られており、サッチャー首相の言葉を聞いても、日本国側の出席者の大半は、どこか実感が湧かなかったかもしれません。しかしながら、同首相の鄧小平評は、香港返還問題をめぐる鄧小平氏との間の交渉経験から得たものです。1982年9月から英中共同声明が発表された1984年12月19日までの凡そ2年半にわたって、中国の鄧小平と渡り合っていたのが当のサッチャー首相なのですから。
サッチャー首相は、法の支配が有する立憲主義的な側面から鄧小平氏の無理解を嘆いていますが、法の支配は、自治、即ち、自由、並びに、民主主義を根底から支える価値でもあります。鄧小平氏が法の支配を理解できないとすれば、それは、法の支配のみならず、自由も民主主義の価値も理解していないことになるのです。法の支配への無理解は、鄧小平氏のみならず、その後の歴代の中国の指導者にも共通して見られます。そして、この無理解こそが、サッチャー氏が1980年代末にあって指摘したように、今日なおも中国問題の根源にあります。
今日、天安門事件の当時とは比較にならないほどに日中間のビジネスや交流は拡大しており、今ならば、当時のサッチャー首相の指摘は、日本人の多くも実感を以って受け止めたかもしれません。そして、今度こそ、自由主義諸国は、日本国を含めて‘中国は法の支配を解しない’という事実を警戒すべきでありましょう。法の支配への無理解こそ、チャイナ・リスクの根源であり、国際社会の安全と独立性を脅かしているのですから。
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