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2020-11-27 00:00
RCEPで問われる対中姿勢の整合性
倉西 雅子
政治学者
しばしば通商政策とは、経済のみならず政治的な目的を実現するための手段としても使われてきました。アメリカが今日、人権侵害国であり、かつ、一党独裁でもある中国に対して厳しい経済制裁を課しているのも、通商政策が有効な政治手段であることをよく示しています。こうした観点から通商政策を眺めますと、今般の参加各国の首脳によるRCEP協定への署名は、日本国の政策手段に制約を課すリスクがあります。戦後にあって欧州経済共同体から出発したEUは、冷戦崩壊後にあっても決してロシアを加盟国として招き入れようとはしていません。資源大国であるという同国との間の相互依存の可能性を考慮しますと、ロシアもメンバー国となってもよさそうなものなのですが、むしろ、エネルギー分野にあってロシア依存を低めようとする方向にあります。なぜなら、ソ連時代よりは低下したとはいえ、未だにロシアはヨーロッパにとりまして軍事的な脅威であるからです。‘軍事的な脅威となる国に依存してはならない’ことは、人類史においては鉄則であり、アメリカの対中デカップリング政策もこの文脈から理解されましょう。
翻ってRCEPを見ますと、日本国政府は、この鉄則を無視しているように見えます。日本国のみならず、今や西側の最大の軍事的脅威となった中国と共にアジアにあって広域経済圏を形成しようとしているのですから。しかも、中国は、自由、民主主義、法の支配といった基本的な価値観を共有しておらず、一党独裁体制を堅持している点において、ロシアよりも遥かに危険な国家です。実際に、尖閣諸島周辺海域では中国の公船が連日のように姿を現しております。また、中国は、チベット、ウイグル、モンゴル、香港において激しい人権弾圧を行っており、台湾に対しても武力行使も辞さない構えを見せています。新型コロナウイルスのパンデミック化についても責任を問われて、南シナ海問題にあっても常設仲裁裁判所の判決をも反故にしているのですから、現状にあってさえ、中国は、アメリカのみならず、日本国を含む諸国から経済制裁を受けて然るべき国なのです。
中国をめぐる現状を考慮すれば、今後とも、日本国政府は、対中経済制裁という選択肢を手放してはならないことになります。ところが、RCEPが発足しますと、同協定によって日本国政府の手足が縛られることになるかもしれません。少なくとも、経済制裁という手段に訴えるに際してのハードルが高まることが予測されるのです。そして、中国政府がアメリカの制裁を違法としてWTOに訴えたように、RCEP協定を盾にして対中制裁の阻止、あるいは、解除を求めることでしょう(自らは平然とルールを破っても、他国に対して遵守を求める…)。
近い将来、最先端のハイテク兵器を手にした中国が第三次世界大戦の引き金を引く事態も否定はできません。戦争を未然に防ぐ手段は経済制裁のみとなりますので、この手段がRCEP協定によって縛られるとしますと、RCEPの設立は、利益に目がくらんで、政府が重要な政策権限を手放したという意味において人類にとりまして決定的な意味を持つことになりましょう。天安門事件後にあって、日本国の天皇訪中が対中制裁緩和のきっかけを作ったとして批判されておりますが、今日、日本国は、別の形にあって、中国の罪や責任を不問に付してしまうという、同様の過ちを繰り返えそうとしているのかもしれません。RCEPの構成国にはオーストラリアやニュージーランドといった親米の自由主義国も含まれていますので、同協定の発効の可否が国内手続きに移行した今、離脱をも視野に入れつつ、これらの諸国と対中包囲網の形成や日米豪印によるアジア・太平洋構想との整合性等を協議する場を設けるべきではないかと思うのです。
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