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2020-07-14 00:00
(連載2)世界大国を目論む中国の核軍拡への猛進
斎藤 直樹
山梨県立大学名誉教授
ところがこの間、どういうわけかオバマ政権は中国の中距離核戦力を含めた大規模の核軍拡を取り立てて問題視しなかった。しかし、2017年1月に発足したトランプ政権にとって中国の中距離核戦力の大量配備はもはや看過できる問題でなくなっていた。INF全廃条約の存続の検討を余儀なくされたトランプ政権は、同条約からの離脱という決定に至った。トランプ政権はプーチン政権に対し同条約からの離脱を2019年2月1日に通告した。これにより、6ヵ月後の8月2日にINF全廃条約が失効したのである。同条約からの米国の離脱後も、中国は中距離弾道ミサイルの発射実験を強行した。2019年6月下旬から7月上旬に南シナ海の南沙諸島の付近で、東風-21D改良型あるいは東風‐26と目される、6発の弾道ミサイルが試射されたと伝えられた。この間、中国による中距離核戦力の増強をこれ以上座視できないと考えたトランプ政権は中距離核戦力を新規に導入する必要があるとの結論に至った。INF全廃条約の失効を受け、同政権はまもなくアジア・太平洋地域への中距離核戦力の配備構想を明らかにした。エスパー米国防長官は2019年8月上旬にオーストラリア、日本、韓国などアジア・太平洋地域の同盟諸国を訪問し、同戦力の配備の可能性について発言した。
これに対し、習近平指導部は直ちに猛反発した。2019年8月6日に傅聡・中国外務省軍縮局長は幾つかの重要な点を明らかにした。第一は、トランプ政権によるINF全廃条約からの離脱に対する遺憾の意の表明であった。第二は、アジア・太平洋地域に中距離核戦力を米国が持ち込もうとすれば、断固たる対抗手段に打って出るとする意思表示であった。第三は、同戦力の全廃を目的とする軍備管理交渉に中国が参加する意思は毛頭ないとの拒否表明であった。傅聡の発言に中国政府の姿勢が集約されていたと言える。まずトランプ政権をしてINF全廃条約からの離脱を招いた最大の事由が中国の中距離核戦力の大量配備にあったにもかかわらず、米国の離脱を遺憾であるとしたのは不可解であった。もし米国の離脱を遺憾であると中国当局が真摯に考えるのであれば、中国は中距離核戦力を全廃あるいは少なくとも大幅に削減すべきではなかろうか。第二に、アジア・太平洋地域に中距離核戦力を米国が持ち込もうとすれば、断固たる対抗手段に打って出るとしたが、これは明らかに恫喝と言えるものである。自ら大量の中距離核戦力を配備することにより射程内に入る諸国を激しく威嚇しておきながら、アジア・太平洋地域への米国による同戦力の持込みは断固看過できないとの姿勢は矛盾してないだろうか。第三に、米政府は今後、中距離核戦力を再導入する一方、米国、ロシア、中国の三国でかつてのINF全廃条約交渉のような中距離核戦力の全廃を目指す交渉を行う用意があることを示唆している。これに対し、米国による交渉打診に予防線を張るかのように、交渉に中国が加わることは断固ありえないと断言した。そうした姿勢は米露が二国間で交渉を行うことはやぶさかでないが、中国はいかなることがあろうとも同戦力を堅持するという意思表示と受け取れる。この背後には中国の「核心的利益」の確保のためには同戦力が不可欠であるとの認識があるのであろう。
遅かれ早かれ今後、米領グアム島に中距離核戦力を米政府が導入することが想定される。これと並行して、アジア・太平洋地域の諸国に同戦力の導入を米政府が検討する可能性があるが、受入れを打診される可能性のある諸国は受入れに極めて消極的であるとみられる。同ミサイルの配備の受入れを認めることがあれば、中国に睨まれることは必至だからであろう。現在、コロナ禍の下で習近平指導部は海洋進出を強引に繰り広げている印象を与える。南シナ海での中国の横暴な振る舞いは目に余るものがある。この背景にあるものこそ、近年における中国海軍の著しい増強であり中距離核戦力を始めとする大規模の核軍拡であろう。こうした状況の下で、南シナ海に面するフィリピン、ベトナム、マレーシアなどは余りに無力である。そうした諸国の無力さを嘲り笑うかのように南シナ海の南沙諸島での「軍事拠点化」を習近平指導部は強引に推し進めていると言える。しかも、コロナ禍の下で南シナ海だけでなく様々な分野で習近平指導部の言動が露骨になっている。2020年7月を前にして香港の自治を事実上、剥奪したとも表現できる「香港国家安全維持法」の施行が強行された。これと並行して、同指導部は台湾への軍事圧力を増強させている。台湾の近海で大規模な軍事演習を行い、今にも軍事侵攻さえ辞さない構えを同指導部はみせている。
またこれと並行するかのように、わが国の尖閣諸島領海やその接続水域へ中国公船は連日のように侵入している。しかも中国外務省報道官は尖閣諸島がまるで中国の領海であるかのごとく、警告とも恫喝ともとれる発言をわが国に対し行っている。これに対し、日本政府の対応は相変わらず鈍いと言わざるをえない。そうした鈍い対応がますます習近平指導部の強硬かつ横暴な姿勢を助長させている感がある。尖閣諸島周辺海域だけが危うくなっているのでなく、わが国の南西諸島全域が次第に圧迫され始めていることに警戒する必要がある。コロナ禍の下で日々強硬かつ露骨となっている習近平指導部に対し宥和的姿勢や懐柔的姿勢で臨むのは同指導部の思う壺になるのではなかろうか。中国による圧迫に抗してわが国は対抗策を毅然と準備する必要がある。そうした対抗策として米国による中距離ミサイルの展開も選択肢として検討される必要があるのではなかろうか。(おわり)
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