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2020-06-23 00:00
(連載2)香港国家安全法の衝撃とその影響
斎藤 直樹
山梨県立大学名誉教授
香港に対しこれまで米国政府が関税や金融面を始めとして様々な優遇措置を講じてきたのはなによりも高度な自治に対する配慮からであった。しかし中国が香港国家安全法を採択した以上、優遇措置の撤廃に動かざるをえないという判断をトランプ政権が行った。5月29日に、トランプ大統領は「香港はもはや、米国が香港の中国返還以降に与えてきた特別な待遇を保障するのに十分な自治を維持できていない。中国は約束してきた『一国二制度』を『一国一制度』に転換した」と述べ、これまで香港に対し米国が行ってきた優遇措置を撤廃すると明言した。実際に提示された一連の措置は香港への優遇措置の撤廃だけにとどまらず中国の経済活動関連に対する制裁を含む。その骨子は以下のとおりである。
・香港に対する関税上の優遇措置の撤廃。
・香港の自治の形骸化に関わった人物への制裁。
・米国と香港の間の犯罪者の引渡し条約の破棄。
・軍事・民生両用使用可能品目の輸出管理についての例外措置の撤廃。
・「軍民融合戦略」に関わる中国籍渡航者の米国への入国停止。
・米株式市場に上場する中国企業に対する厳格な監査。
香港国家安全法の採択をトランプ政権が座視できないとして香港への優遇措置の撤廃を含む一連の制裁措置の発表につながったとは言え、これらの措置がどのような影響を与えるかは現時点では不透明である。各国がコロナ禍の下で身動きがとれない状況を狙い、習近平指導部は目障りに映る香港の高度な自治を切り崩し中国内の引き締めを一気に図ろうとしている感がある。香港の次に矛先が向けられるのは間違いなく台湾であろう。全人代での香港国家安全法の採択の前に蔡英文(ツァイ・インウェン)台湾総統の二期目の就任演説が行われたことに習近平指導部は神経を尖らせている。その意味で、香港国家安全法の採択は台湾に対する牽制であるとの側面も看守される。5月20日の就任演説の中で、中台関係は「平和と対等、民主、対話」の原則に立脚しなければならないとし、「共存の道を見いだし、対立と相違の増大を防ぐ責任が双方にある」と、蔡英文は力説した。これに猛然と反発するかのように、習近平指導部は台湾に対する武力行使の可能性をちらつかせた。5月26日に全人代の中国人民解放軍・武装警察部隊代表団の全体会議において、武装戦闘準備と軍事任務遂行能力を習近平は強調した。このことは台湾への強硬対応を念頭に置いたものであると言える。続いて5月29日に栗戦書(リー・チャンシュー)全国人民代表大会常務委員長は「我々は平和統一を願うが、独立勢力が危うい道へ進むならば、あらゆる手段を講じる」と、蔡英文政権を恫喝した。その上で、台湾への上陸作戦を主任務とするとされる中国陸軍第73集団軍の水陸両用戦車が上陸訓練を強行したとの報道が6月3日に行われた。同訓練はいつでも台湾への武力侵攻の準備はできているとの示威行動であると受け止められる。台湾に対する強硬な姿勢は全人代で5月22日に報告された国防予算の増大にも示された。中国の国防費は2019年に比べ6.6%も激増することが明らかになった。中国国防省はこの増加は「反分離主義闘争」を視野に捉えたものであると示唆した。
「一国二制度」と言っても、習近平指導部が言うところの「一国二制度」と香港の活動家たちが叫ぶ「一国二制度」とはかなりかけ離れたものである。同指導部が言うところの「一国二制度」は事実上、有名無事実化した「一国二制度」であろう。その意味で、新疆ウイグル自治区やチベット自治区の名称に付いた自治区という文字が名ばかりの存在になっていることを想起する必要がある。これに対し、香港の活動家たちが声高に訴える「一国二制度」は前述の1984年の「英中宣言」で約束されたとおり、行政権、立法権、独立司法権など広範な自治を意味するものである。このことから、「一国二制度」の名の下で香港の自治を有名無実化した後は、「一国二制度」の名の下で台湾を中国本土に事実上、編入したい意図と意思が習近平指導部にあることが明確に伝わってくる。その意味で、今や「一国二制度」という言葉は習近平指導部からみて誠に都合の良い言葉であることに留意する必要があろう。香港で起きようとしていることを踏まえると、「一国二制度」というのは限りなく危ない罠である。また蔡英文政権はこのことを熟知していると言えよう。
現在の習近平指導部の言動はコロナ禍以前の同指導部の政治姿勢と全く違ったものに映る。一体何が、習近平指導部の姿勢をこれほどまでに硬直かつ強硬にしたのであろうか。こうした習近平指導部の姿勢は米国だけでなく多数の国から新型コロナウイルスの発生源であると厳しく非難されていることと無関係でないであろう。外部世界からの非難に対し中国外務省報道官達を始めとして中国当局は連日のように激しく論駁している。またこの間、中国は南シナ海やわが国の周辺海域を含め東シナ海で露骨とも言える活動を繰り広げている。香港の自治を形骸化しようとする動きに加え、「独立勢力」と名指しされた台湾への武力侵攻さえいとわないかの動きを習近平指導部はちらつかせている。こうした様は習近平国家主席が2020年春の訪日を準備していた頃の融和姿勢とは全く食い違う中国指導部の姿である。追い込まれた感のある習近平指導部が外部世界に対し過剰に反発しているのか。それとも、各国がコロナ禍の下で身動きがとれない状況を絶好の機会と見計らい、これまでの宿願を一気に実現しようと目論んでいるのか。いずれにしても、コロナ禍が世界大国の実現を目論む習近平指導部の国家戦略の推進を急加速させていることだけは間違いないようである。(おわり)
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