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2020-06-12 00:00
(連載2)日本企業の差し押さえ資産の現金化に動く文在寅
斎藤 直樹
山梨県立大学名誉教授
これに追い打ちをかけたのが新型コロナ・ウイルスの感染拡大問題である。2020年1月頃、中国の湖北省の武漢市を発生源とする同ウイルスの感染者が中国だけでなく日本や韓国でも急増する下で、危機感を抱いた安倍首相は3月5日に中国だけでなく韓国からの入国者を制限する措置を発表した。これに対し、中国政府は一定の理解を示した一方、韓国政府は猛反駁に転じ、同様の対抗手段に打って出ることを明らかにした。これにより、日韓対立はまたしてもぶり返すことになった。その後、4月15日の韓国総選挙において、文在寅政権の新型コロナ・ウイルス感染対策が評価される格好で、文在寅氏率いる与党の「共に民主党」ならびにその支持政党は韓国議会で全体の300議席中180議席を占めた。この圧勝はそれまでの文在寅政権が抱えてきた問題を一時的とはいえ、すべてかき消すことになったと言える。これにより、文在寅氏は今後、韓国議会を意のままに動かすことができるといっても過言でないであろう。またこの勝利により、行政府はむろん、司法府や立法府さえも事実上、支配下においた感がある。今後、文在寅氏は大統領の残り任期において絶大な大統領権限を振りかざし、かねてから掲げてきた「積弊清算」の完遂に向けて突き進むのではないかと推察される。
この「積弊清算」とは文在寅氏の確信的信念であると共に基本路線である。「積弊清算」を端的に表現すれば、長年にわたり積もり積もった弊害を除去する、一掃する、排除する、すなわち清算するというものである。このことは具体的には韓国内の対立勢力である保守派層の一掃を意味するものであるが、これだけに止まらず、その延長には親日の清算があり、最終的に南北統一へと結びつくと言える。このことが明らかになったのは2019年2月26日の文在寅政権の閣議での同氏の発言であった。同日は日本からの独立運動である「三・一独立運動」の百周年記念日を数日後に控えた日であった。その閣議の席上、「親日を清算し独立運動にしっかり礼を尽くすことが、民族の精気を正しく立て直し正義のある国に進む始まりだ」と、文在寅氏は力説した。ここに至り、「積弊清算」は親日清算へと転じ、南北統一に結び付くに至ったと言えよう。いずれにしても、文在寅氏の頭の中では「積弊清算」、親日清算、南北統一が同居している感がある。こうしてみれば、文在寅氏を突き動かしているのは場当たり的な同氏の言動だけではなく確信的ともいえる信念ではないかと感じる。
韓国総選挙での圧勝を背景として、今後、「積弊清算」の完遂に向けて突き進む文在寅政権の政策の中核的位置を占めるのはわが国に対する強硬政策であろうと思われる。こうした中で、5月12日に文在寅政権は安倍内閣の出方をうかがうべく2019年夏に日本政府が行った上述の対韓国輸出規制の解除を求める姿勢を示唆した。しかし5月末日までに安倍内閣からこれといった回答がない中で、文在寅政権は6月2日に日韓GSOMIA協定の存続を再検討する旨を発表し、日本側を牽制した。これに対し、文在寅政権の手の内を熟知している日本側は文在寅氏による揺さぶりに動揺することはない。文在寅政権の選択肢には日韓GSOMIA協定の破棄がないわけではないが、これまでの経緯を踏まえた時、GSOMIA協定の破棄に向けて再び動くことがあれば、トランプ大統領の逆鱗に触れるだけであり、このことは文在寅氏も承知しているはずであり、そうした愚策に出ることはないと思われる。
そうした中で表出するのが徴用工問題である。現時点までに、徴用工問題は日本企業の資産が差し押さえられており、今後、差し押さえ資産が現金化されることが懸念される。こうした状況の下で、韓国の大邱(テグ)地裁浦項(ポハン)支部は6月1日に韓国内の日本製鉄の差し押さえ資産の現金化の公示を明らかにした。これにより、8月4日に資産が現金化されることが現実の問題として表出するに至った。これに対し、日本政府がどのように対応するかが注目されるところである。茂木外相は6月3日に康京和(カン・ギョンファ)外相に差し押さえ資産の現金化は是が非でも避けなければならないと釘を刺したが、鍵を握るのは文在寅氏であろう。日本政府の立場は前述のとおり、韓国大法院の判決が国際法上の違法状態を引き起こしており、韓国側が問題を是正しなければならないという立場である。したがって、この問題について安直な妥協や譲歩を行うべきではなく、もし現金化が行われることがあれば、毅然として対抗手段に打って出るべきであると考えられる。今後、文在寅氏の残り任期において日韓関係が改善に向かうという見通しはなかなか立ち難く、今後も予断を許さないと言えるであろう。(おわり)
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