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2020-02-07 00:00
(連載2)金正恩とトランプの脅しあい
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
トランプが姿勢を急転させたのは2019年12月3日にイ・テソン北朝鮮外務次官によるクリスマスプレゼント挑発であった。7日に米国本土を射程に捉えることが可能ではないかと疑われるICBM用のロケットエンジンの燃焼実験を金正恩が強行するに及んで、トランプは一気に正気に戻った感がある。トランプが8日に金正恩に対し大規模軍事挑発に打って出れば、すべてを失うことになるぞと警告した。このすべてを失うという文言にこれからトランプがとりうる選択肢が映し出されていると言えよう。その後、年末に中央委員会総会が開催され、金正恩が「近く」「新たな戦略兵器」で「衝撃的な行動」に打って出るとトランプを脅したことは既述のとおりである。その後、上述の金桂冠による脅しに続く形で、金正恩は間髪を入れず動き出した。金正恩は1月18日に世界各国から大使を一斉に帰国させた。各国の大使が一斉に帰国したことは様々な憶測と推測を呼んだ。19日には重大な人事異動が行われていたことが明らかになった。これまで対米外交を推進してきた李容浩(リ・ヨンホ)から軍出身の李善権(リ・ソングォン)に外相が交代したことが明らかになった。経済制裁の解除が一向に実現しない状況の下で、金正恩が一層強硬な方向へ舵を切ろうとしているシグナルと受け取られる。
もしそうであるとすれば、2019年末に金正恩が問題提起した通り、「正面突破戦」を掲げ、いよいよ大規模軍事挑発に向けて突き進む布陣が敷かれたとも解釈されよう。あるいは、こうした人事異動は軍部への金正恩の譲歩であるとの見方もできよう。数年前から金正恩は朝鮮労働党主導の人事を進めてきたが、経済制裁が一向に解除されない今、朝鮮人民軍の幹部達は苛立っており、金正恩が軍部の圧力にさらされているのではないかとみる見立ても可能性であろう。金正恩が軍部から少なからず圧力を受けているとすれば、金正恩の裁量が狭まり一層強硬になりかねない。この間、重大な意味を持つのは金正恩指導部が2月中旬にミュンヘンで開催予定の安保会議に参加する意思を表明したことであろう。激しい腹の探り合いを米朝は水面下で演じている最中にあるが、同会議は今後の米朝関係を占う上で重大な意味を持つと言えよう。
同会議に北朝鮮の代表が参加するということは、2月中旬までは大規模軍事挑発が強行されないとみることもできた。当初、金正恩の誕生日の1月8日から父・金正日の生誕日の2月16日頃までに大規模軍事挑発が強行されるのではないかとみられたが、2月中旬の安保会議までは状況を金正恩は見極めると考えられる。しかも、同会議にはポンペオ国務長官、エスパー国防長官などトランプ政権の高官に加え、ペロシ米下院議長などが出席する予定であることを踏まえると、今後の米朝関係を占う分水嶺と同会議がなりかねない。もし同会議で何らかの米朝接触が行われ、トランプ側から経済制裁の解除や緩和を示唆する大きな譲歩を引き出すことができれば、非核化交渉の再開に向けて事態は急展開するかもしれない反面、これといった譲歩を引き出せないとすれば、金正恩側はいよいよ大規模軍事挑発に向けて準備態勢を整えると推測される。1月21日の国連の軍縮会議の席上、北朝鮮代表が2018年4月に金正恩が宣言した核実験やICBM発射実験の中止撤回を示唆したのは大規模軍事挑発が近く強行される可能性があることを物語る。軍出身の外相就任といい、中止撤回示唆といい、トランプに対し経済制裁の解除に向けた譲歩を迫る最終期限が近づいている感がある。これがトランプに難題を突き付けている。これまで「非核化」、「非核化」と吹聴して一向に核の放棄を実行しない金正恩に対し、米議会、米世論、米メディアを含め全米が憤っている状況の下で、トランプが安直に経済制裁の解除や緩和を示唆できる雰囲気ではないからである。
他方、軍事的対応に向けての準備をトランプ政権が整えだした。朝鮮半島周辺に米原子力空母「セオドア・ルーズベルト」(CVN-71)、「ロナルド・レーガン」(CVN-76)、「アメリカ」(LHA-6)に代表される米空母打撃軍が集結しつつあるという報道がなされた。空母3隻も集結するのは2017年以来のことである。こうした中で、ハイテン米統合参謀本部副議長が1月17日に北朝鮮のICBM開発が驚くほどの技術革新を遂げていると懸念を表明した。ハイテンの懸念表明の背景には、昨年12月に実施された2度にわたるロケットエンジン燃焼試験がある。ハイテンいわく、「北朝鮮は地球上で誰にも劣らぬ速さで新型ミサイルを開発し、新たな能力を構築している。」ハイテンに続き、エスパーが1月24日に警鐘を鳴らした。金正恩が12月31日に示唆した「新たな戦略兵器」とは核弾頭搭載ICBM ではないかという分析を明らかにした。エスパーの分析がどのような情報に基づくものか不確実であるとは言え、エスパーの発言は北朝鮮のICBM開発の技術上の進捗をトランプ政権が極めて深刻に受け止めていることを示している。金正恩指導部がそんなものを通常軌道で発射して米国本土に近接する太平洋海域に撃ち込むことがあれば、トランプ政権は追加経済制裁だけでなく核・ミサイル関連施設への空爆という選択肢さえ考慮しかねないと懸念される。(おわり)
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