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2019-11-04 00:00
(連載1)わが国への米国の中距離ミサイルの導入問題
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
10月18日にトランプ政権高官と日本政府関係者の間で中距離ミサイルの導入問題について意見交換が行われた。突然降って沸いた話のように聞こえるが、背景にはここ数年間で劇的に推移している北東アジア地域の安全保障問題が横たわる。その元を辿れば、今日の激変を生んだ背後にあるのはオバマ政権の8年間、同政権が北東アジア地域の安全保障問題に的確に対処しなかったという事実である。これがトランプ政権が背負うことになった課題となり跳ね返り、今日のアジア・太平洋地域への中距離ミサイルの導入問題を生む主な事由となっている。振り返ると、2009年にオバマ大統領はチェコで「・・今日、わたしははっきりと信念を持って、核兵器のない世界の平和と安全保障の実現に米国が取り組むことを宣言する」と「核兵器のなき世界」について熱く語った。しかし現実はオバマが思い描いた方向には向かわなかった。
大きな転機となったのは習近平国家主席(現在)による世界戦略の構想であった。2012年に習近平が「中華民族の偉大なる復興」を意味する「中国の夢」について語った。世界大国の実現に思いを馳せた習近平は「一帯一路」構想の名の下で、中国の西部地域を起点として中央アジアを経て欧州に達する「シルクロード・ベルト」と中国沿岸地域を起点として東南アジア、南アジア、アラビア半島沿岸地域、さらにはアフリカの東海岸をつなぐ「海上シルクロード」の二大地域からなる巨大な経済圏と勢力圏を確立するという、途方もなく遠大な挑戦に乗り出した。それを可能にせしめたのはいかなる国にも追随を許さない潤沢な資金であった。同構想のためにアジア・インフラ(AIIB)銀行を創設し、「一帯一路」構想参加国に膨大な額に及ぶ資金を中国は拠出してきた。同時に、中国はかつて見られないほどの速度で海洋進出を続けた。ほぼ全域に領有権を主張する南シナ海の南沙諸島の幾つかの岩礁を埋め立て人工島に変え、軍用機の発着を可能にすべく3000メートル級の滑走路を敷いたのはその顕著な事例であった。この間、射程距離500から5500キロ・メートルに及ぶINF(中距離核戦力)全廃条約の締約国でなかった中国が中距離核戦力の開発・配備に猛進したことは周知の通りである。中国が現在保有する中距離核戦力は約500から1150基相当のミサイルと約280発程度に及ぶ核弾頭から成り立つと目される。その中でもとりわけ脅威となっているのは「空母キラー」と呼ばれる東風21(DF-21)や「グアムキラー」と異名をとる東風26(DF-26)などである。
米国と並んで核超大国であると共にINF全廃条約の締約国であるロシアがこの間、疑義を持たれる行動に打って出たことも同条約に打撃を与えることになった。2008年以降に中距離巡航ミサイルの飛翔実験をロシアが行ったとみられるが、こうした動きに対し多国間協調路線を掲げたオバマ政権はこれといった対応を講ずることなく後手、後手へと回った。この間、オバマ政権は金正恩指導部への対応においも躓いた。2012年2月に北朝鮮による核実験やウラン濃縮活動などの核兵器開発に加え長距離ミサイル発射実験などの凍結の見返りに対し24万トン相当の食糧支援を米国が行うとした米朝合意が金正恩指導部との間で結ばれたものの、そのわずか2ヵ月後にオバマは金正恩に欺かれた。同年4月に人工衛星打上げを偽装して長距離弾道ミサイル発射実験を金正恩指導部が強行すると、オバマは同合意を無効とし、それ以降「戦略的忍耐」の名の下で金正恩を突き放すという策に出た。金正恩をオバマが突き放したのはよかったが、これ幸いと金正恩は核ミサイル戦力の開発・保有に向けて狂奔し出した。しかしオバマ政権はそうした動きに毅然とした対応を講じることはなかった。
2017年1月にトランプ政権が発足したとき、同政権担当者達が目の当たりにしたのは数年前と一変した厳しい情勢であったと言えよう。米国本土に対する対米核攻撃能力の獲得を最終目標に据え、金正恩指導部はICBM発射実験と核実験に代表される大規模の軍事挑発を繰り返し、トランプ政権に激しく詰め寄ろうとしていた。これと並行するかのように、習近平指導部による「一帯一路」構想は着実に進展し、中国の経済圏や勢力圏は拡大の一途を広げようとしていた。また数年間で、南シナ海の南沙諸島の幾つかの人工島では中国による「軍事拠点化」が進み、南シナ海が事実上、中国の「領海」でもなったかのような様相を呈し始めていた。この間、米中貿易総額は確実に増大の一途を辿り、これと並行するかのように米国が抱える対中貿易赤字額はうなぎ上りで上昇した。発足当初、トランプ政権が直面した現実は惨憺たるものであったと言えよう。(つづく)
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