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2019-10-30 00:00
(連載1)中距離核戦力の韓国配備と文在寅の板挟み
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
INF(中距離核戦力)全廃条約から離脱したトランプ政権が中距離核戦力のアジア・太平洋地域への配備構想を検討している。その主な背景にあるのは、これまで野放しとなってきた中国による大規模の中距離核戦力に対する対抗策を喫緊に検討しなければならないという問題意識である。こうした状況の下で、中距離核戦力の配備構想の熱烈な支持者のエスパー米国防長官は2019年8月上旬にオーストラリア、日本、韓国などのアジア・太平洋地域の同盟諸国を訪問し、中距離核戦力の導入受入れの可能性を探った。8月2日にエスパーはオーストラリアで「・・太平洋地域に数ヵ月以内に中距離ミサイルを配備したい」と強気の発言を行ったが、その後、各国の防衛関係者達との会談を通じ、エスパーの発言は自嘲気味なものに変わった。この背後には、同諸国の反発はエスパーが想定していたよりも大きかったと言えよう。
ところが、そうした矢先に待ち受けていたのが8月22日に発表された文在寅政権による日韓GSOMIAの破棄決定であった。GSOMIAの破棄決定は日本に対してだけでなく米国に対する衝撃的なシグナルであった。北朝鮮の核の脅威だけでなく中国の核の脅威に対抗すべく、日米安全保障協力を推進すると共に、これに韓国を参加させ日米韓三国安全保障協力の連携を構築並びに強化したいとトランプ政権は常々考えてきた。ところが、文在寅大統領によるGSOMIAの破棄決定以降、日米韓三国の連携の綻びが露になり始めている。米国としては韓国を説得する形で日韓GSOMIAを締結させた経緯があるが、文在寅はなんとそのGSOMIAの破棄決定を行った。トランプ大統領は事前にエスパーを含む政府高官を相次いで訪韓させ、協定の更新を文在寅に強く要請したにもかかわらず最後に破棄を決断したのは文在寅であったとされる。そのため、GSOMIAの破棄決定は安倍内閣だけでなくトランプ政権にただならぬ衝撃を与えた。日米韓三国安全保障協力が弱体化しかねない事由の一つは間違いなく文在寅にあるとトランプの目に映っている。
これに対し、金正恩朝鮮労働党委員長だけでなく習近平国家主席はGSOMIAの破棄決定を歓迎しているとみられる。日本による輸出管理の見直しに対する対抗措置としてGSOMIAの破棄決定が行われたとみられがちであるが、同決定はそれだけにとどまらず金正恩や習近平への接近を文在寅が図りたいことを示唆するシグナルと捉えることができよう。トランプ政権がGSOMIAの破棄決定を酷評した背景にはこの点もあろう。GSOMIAの破棄決定後、文在寅は信頼に値しないと考えているような印象をトランプから受ける。この背後に潜むものこそ、米中の狭間で揺れ動く文在寅の姿勢であろう。元々親北朝鮮であり親中国である文在寅とすれば、2017年5月の政権の発足当時から金正恩や習近平に近づきたいと考えてもおかしくはなかった。しかし文在寅政権が発足した当時の状況は、対米核攻撃能力の完成に向けて狂奔を続ける金正恩指導部が核実験や長距離弾道ミサイル発射実験を強行しようとしていた最中であり、朝鮮半島情勢は極度に緊張していた。そうした状況の下で自らの醜聞で退陣を余儀なくされた朴槿恵の後を引き継ぐ形でトランプ政権との安全保障協力に全力をあげるほかに選択肢は文在寅になかった。
そうした文在寅の頭を痛めたのが2016年に米国のミサイル防衛(MD)への参加として朴槿恵政権が決断した高高度防衛システム(THAAD)の導入であった。THAADの導入決定は文字通り、習近平指導部の逆鱗に触れた。当時、同指導部をしてそれほど怒らせると想定されていたわけではなかった。習近平指導部が予想以上に反発した主な事由はTHAAD迎撃ミサイルというよりはTHAADの付帯装備の高性能レーダーにあったとされる。そもそもTHAADは北朝鮮の弾道ミサイルの迎撃を目的としたものであり中国の弾道ミサイルの迎撃を目的としたものではない。とは言え、THAADの最新型のレーダーの韓国配備により中国の弾道ミサイルの発射まで確実に監視されるようになることは、習近平からみて看過できないことであった。このため朴槿恵政権と一線を画そうとした文在寅は習近平のご機嫌をうかがうべく中韓の了解事項として「三不約束」(あるいは、「三不合意」)を2017年10月に結んだ。「三不約束」とは米国のMDに韓国は加わらない、日米韓三国軍事同盟を韓国は推し進めない、THAADの追加配備を韓国は行わないとしたことから、「三不約束」と呼ばれる所以である。同約束の意味するところは現状を越えて米韓、日米韓三国安全保障協力を行わないとするものであった。(つづく)
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