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2019-10-25 00:00
(連載2)INF全廃条約失効と米国によるINF再配備の展望
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
これに対し、危機感を次第につのらせたトランプ政権はアジア・太平洋地域での中国による脅威はもはや看過できないとの認識に至った。こうした認識の下で同地域での中国の脅威に対する抑止力を確保すべくINF全廃条約から離脱し、中距離核戦力の再配備を行う必要があるとトランプ政権は判断したことになる。INF全廃条約の失効を契機として、直ちに中距離核戦力のアジア・太平洋地域への配備構想の検討を同政権は始めた。エスパー米国防長官は8月上旬にオーストラリア、日本、韓国などアジア・太平洋地域の同盟諸国を訪問した際、同戦力の展開の可能性について発言した。「私はアジアのミサイル配備についてまだどこにも要請していない・・それはまだかなり先の話である。弾道ミサイルであろうと巡航ミサイルであろうと、初期運用能力を備えたある種のミサイルを実際に配備できるようになるまでにはさらに数年を要するだろう」と、エスパーは含みを持たせながら中距離核戦力の配備について述べたのである。
8月2日のINF全廃条約の失効を受けトランプ政権が中距離核戦力の配備構想を表明したことに対し、中国当局はすぐさま猛反駁に転じた。8月6日に急遽、開催された記者会見で中国外務省の傅聡軍縮局長は、トランプ政権によるINF全廃条約からの離脱に遺憾の意を表明すると共に、将来、米国がアジア・太平洋地域に中距離核戦力を持ち込もうとすれば、断固たる対抗手段に打って出ると共に同戦力の全廃を巡る多国間軍備管理交渉に中国が加わる意思は全くないと明言した。1981年から87年まで行われたINF全廃条約交渉が実を結び条約締結に至った経緯に照らし、今後、中距離核戦力の全廃を掲げ、ロシアや中国に対し米国が軍備管理交渉を打診することを想定し、中国にはそれに応じる意思は毛頭ないと、同局長は言明したことになる。前述のとおり、ほぼ全域に領有権を主張する南シナ海の南沙諸島に点在する幾つもの岩礁を埋め立て人工島とし、軍用機の発着を可能とすべく3000メートル級の滑走路を敷くと共に、様々な種類のミサイルの展開を中国が行うのではないかと疑義が持たれている中で、米国が打診するであろう中距離核戦力軍備管理交渉に断固応じないとする中国の姿勢は身勝手な印象を与える。今後、米領グアム島やアジア・太平洋地域諸国に中距離核戦力を配備するとすれば、中国はどのように対抗するであろうか。中国の視点に立つと、自らの中距離核戦力は中国領土内に配備されているのに対し、米国が構想しているのは米領土から離れた遠方への展開である。前述の通り、核兵器搭載戦略爆撃機を配備する米領グアム島のアンダーセン基地がアジア・太平洋地域における米国の防衛拠点であるが、そのグアム島に中距離核戦力を展開すれば、中国に対する重大な挑発であるとみなすと、同局長は明言した。
トランプ政権はグアム島だけでなくアジア・太平洋地域諸国に同戦力の配備を検討する意向を表明しているが、配備候補先として矛先を向けられかねない可能性のある諸国は一様に戦々恐々とならざるをえない。と言うのは、配備先がどこであれ同ミサイルの配備を受け入れることがあれば、中国から猛烈なしっぺ返しを受けるからである。その結果、受入候補国は米国と中国の間で深刻な板挟みに陥ることになるであろう。それでは、米国はどこへの持込みを構想しているであろうか。またどこの国が受け入れる余地があるであろうか。現状では全く不確実であるが、中国と厳しく反目すると共に今後日々増大する感のある中国の脅威に対抗するうえで同戦力の受入れが安全保障・防衛上、得策であり、受入れを通じ相応の見返りが米国から期待できると考える国々になるのではないであろうか。南シナ海における中国による横暴な海洋進出に脅えると共に米国による安全保障・防衛上の支援が不可欠であると認識しているのはフィリピンやベトナムであるとみられる一方、台湾海峡を挟む形で至近距離から厳しく睨まれている台湾も米国にとって魅力的な配備候補先となる可能性があろう。
他方、国内での猛烈な反対と中国からのこれまた激烈なしっぺ返しが確実に予想される同地域の諸国にとって同戦力の受入れは現状では極めて困難な選択肢であろう。そうした諸国にはオーストラリアや韓国に加え、わが国が含まれかねない。北朝鮮による非核化が全くのまやかしに終わり、実際の核武装が着実に進んでいる中で、その一義的な標的となりかねないのは韓国とわが国であろう。さらに北朝鮮の背後で猛烈な勢いで中国の核軍拡が続いている。2019年10月1日の中華人民共和国建国七十周年祝賀大会での軍事パレードにおいて公開された、射程距離12000から15000キロ・メートルとされる東風-41 (DF-41)ICBMを始めとする数々の新型弾道ミサイルなどを見せつけられるとき、北朝鮮だけでなく中国の核軍拡に対する対抗策を真剣に模索しなければならない時を迎えていると言えよう。しかも安倍内閣だけでなくトランプ政権と文在寅政権の間で潜在的な確執が続く中、在韓米軍の縮小やその撤収さえも議題の俎上に載りかねないという局面を迎えている。こうした安全保障・防衛上の劇的推移を踏まえ対抗策を練らなければならない時が来たようである。(おわり)
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