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2019-10-20 00:00
(連載2)決裂した米朝実務者協議と憂慮される展望
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
また実務者協議の席上、金明吉はICBM発射実験と核実験の停止や豊渓里(プンゲリ)の核実験場の廃棄などの非核化措置を講じたにもかかわらず、これといった見返りが行われていないではないか。しかも米韓合同軍事演習や米最新型戦闘機であるF35Aの韓国への導入が平然で行われているではないかと、ビーガンに食い下がった。これに対し、ビーガンは実務者協議開催の三日前の10月2日に金正恩指導部が強行した「北極星3型」潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験をやり玉に挙げ、そうした軍事挑発は米朝対話の精神に逆行すると反駁した。『朝鮮中央通信』は「北極星3型」の発射実験に成功したと10月3日に伝えたが、同実験は5日開催の実務者協議においてトランプ側から大幅な譲歩を勝ち取るために協議開催に先立って強行した発射実験であったと言える。2019年5月頃から金正恩指導部が頻繁に強行してきた短距離弾道ミサイルの発射実験に対し自衛措置であるとし特段、問題視しないとトランプは幾度となく発言してきたが、潜在的に米国領土さえも射程内に捉えかねないSLBMの発射実験はそうした短距離弾道ミサイルの発射実験と同列に扱うことはできないものである。
当初、北朝鮮による「完全な非核化」が完遂して初めて経済制裁の解除などを含む見返りが提供されるとトランプ側が主張した一方、非核化の完遂に向けた各段階において北朝鮮が履行する非核化措置の見返りを要求する、いわゆる「同時並行的措置」を金正恩は求めていたが、ここに至り非核化方法を巡る双方の主張は逆転したのではないかと疑わせる。すなわち、北朝鮮による非核化措置と米国による経済制裁の一部緩和をつなぎあわせた形の「同時並行的措置」をトランプ側が提示しているのに対し、経済制裁が全面的に解除されて初めて非核化措置に応じてもよかろうという姿勢に金正恩側が転じている印象を受ける。このことは「同時並行的措置」に執着していた金正恩がそうしたまどろっこしい措置にもはや関心はなく単刀直入に経済制裁を全面的に解除しろとトランプに向かって言っているようなものである。言葉を変えると、金正恩にはトランプが求めている非核化に応じる意思はないことを改めて示したと言えよう。その背後には、金正恩の目論見と打算が見え隠れする。2018年の終わりから19年の初めにかけてメキシコとの国境の壁建設を巡りトランプが民主党による猛反発に会ったことに標されたとおり、窮地に立たされた感のあったトランプが2月末のハノイでの米朝首脳会談で多大な譲歩を行うであろうと高を括りハノイに乗り込んだものの、金正恩が突きつけられたのは最強硬派のボルトン大統領補佐官が作成した非核化の完遂に向けた厳格な工程表であった。この結果、金正恩の目論見と打算が「取らぬ狸の皮算用」に終わったことは周知のとおりである。
これに対し、先日そのボルトンがトランプから解任されたことに加え、今度はウクライナ疑惑を巡りトランプが弾劾騒ぎの矢面に立たされている中で開催された実務者協議であったことから、今度こそ大幅な譲歩にトランプが応じであろうと、金正恩はまたしても高を括ったのではないだろうか。実務者協議後の金明吉の声明文は金正恩の不満と怒りを端的に表している。経済制裁の全面解除にトランプが年内中に応じなければならないと期限を改めて明示して核実験とICBM発射実験の再開を金明吉はほのめかした。トランプが制裁の全面解除を受け入れなければ、同実験を強行すると凄んだことになる。このような大規模な軍事挑発が中断されていることを政権の最大の外交成果であると自賛してきたトランプに対し、最大の外交成果を粉々に粉砕しかねない軍事挑発を再開するぞと脅したことになる。それでは、米議会での弾劾騒ぎで追いつめられているかのように報道されるトランプであるが、金正恩側の要求に応じることがあろうか。解釈の分かれるところであろうが、これまでの経緯を踏まえると経済制裁の全面解除にトランプが応じるとは考え難い。
この結果として、トランプ側の譲歩を待つとした期限にあたる2019年の終わりまで待ち望んでいた回答がトランプから得られない場合、一線を越えた大規模な軍事挑発に打って出るかどうかの選択に金正恩が迫られる可能性がある。もし金正恩がそこで踏みとどまることなく軍事挑発を選択するならば、またしても重大な局面に推移しかねない。そうした軍事挑発が強行されることがあれば、安保理事会において北朝鮮に対する追加制裁決議が採択されることは確実であろう。また事あるたびに非核化を吹聴する金正恩の後ろ盾となってきた習近平国家主席やプーチン大統領も金正恩への厳しい対応に転じることが予想される。そして何よりも、あらゆる選択肢を含めた対応をトランプがまたしても熟慮する可能性が出てくる。そうなれば、朝鮮半島での大規模の軍事衝突の危機に迫った2017年12月の状況が再現されないとも限らないであろう。(おわり)
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