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2019-10-12 00:00
(連載2)緊急条例発動‐香港問題に思うこと
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
2019年6月頃から香港で抗議活動が繰り返されている主な争点は「逃亡犯 条例」改正案であった。同改正案は容疑者の身柄引き渡しの手続きを簡単にし、容疑者を中国当局に引き渡しできるようにするものであった。このため、香港住民はこの改正法が突破口となり約束されているはずの高度な自治が著しく損なわれることを案じ、同改正案への完全撤回要求を表明した。ところで、デモ隊が要求してきた五大要求は、「逃亡犯条例」改正案の完全撤回のほかに、警察の暴力行為を調査する独立委員会の設置、抗議活動参加者の逮捕の取り下げ、抗議活動の「暴動」認定取り消し、普通選挙の実施などがある。習近平指導部にとって10月1日の建国七十周年記念日までになんとして問題の解決を図りたいところであった。とは言え、抗議活動が収束する見通しが一向に立たない状況の下で、中国政府は武力弾圧をちらつかせ始めた。香港の隣に位置する深圳では中国人民武装警察部隊が待機し、命令次第で武力行使を威嚇していた。
そうした中で、9月4日に突然、林鄭月娥が「逃亡犯条例」改正案の完全撤回を発表した。これにより抗議活動が掲げた最大の要求は通る形になったと思われるが、抗議活動はこれで収まったわけではなかった。他の4つの要求の実現に向けて抗議活動は続いている。香港の若者たちを動かしているのは今、立ち上がらないと自治が奪われかねないという切迫したものであろう。抗議活動は必ずしも褒めたものではないとは言え、香港の若者たちは自治権の確保のために戦っている印象を与える。この数カ月間、デモ隊と香港警官隊が激しく衝突する場面を映し出す報道が連日のように行われている。こうした中で、香港政府は10月4日に「緊急状況規則条例」の発動を発表した。また香港の憲法といえる「香港基本法」には、中国人民解放軍や中国人民武装警察部隊が動員される可能性も盛り込まれている。こうしたことから、状況次第では中国政府がデモ隊に対し武力弾圧に打って出るのではないかと懸念されている。香港の抗議活動は1989年6月4日に起きた「天安門事件」を思い出させる。同事件は、天安門に集まり民主化を求める学生たちに対し、当時の最高指導者であった鄧小平が中国人民解放軍を差し向け武力弾圧を断行したため、多くの若者が命を落とした事件であった。
これにより、中国の民主化の動きは頓挫することになった。他方、日本や欧米諸国は中国当局による武力弾圧に対し猛反発したことにより、その後数年間にわたり中国は国際的な孤立を余儀なくされたことは周知のとおりである。香港住民の抗議活動に対し中国政府が今後、武力弾圧を選択することがあれば、重大な跳ね返りがあると言わざるを得ない。なによりも国際的な信用を失うであろう。ここにきて、デモ隊は米国の星条旗を掲げてデモ行進を行っている。これは米議会での「香港人権・民主主義法案(香港人権法案)」の成立の動きと関連するであろう。9月25日に上下両院の外交委員会で同法が採択されたことにより、米国が人権の立場から中国に対し干渉できる道を切り開くことになるかもしれない。10月1日に中華人民共和国建国七十周年記念式典が北京で行われた。同日、香港で警察が発砲した実弾が抗議活動を行っていた若者にあたった報道は世界に改めて衝撃を与えた。今回の「緊急状況規則条例」の発動を契機として、様々な手段を講じながら中国政府は香港の自治を形骸化しようとするであろう。これに対し、香港の若者たちは未来をかけ「逃亡者条例」改正案の全面撤回の他に4つの要求の実現を達成するまで運動を続けようとしている感を受ける。
前述のとおり、香港問題の背景には超大国を目指す中国の世界戦略がある。トランプ政権による中国への高額関税の追加にみられるとおり、米中貿易摩擦は相変わらず継続しているが、高額追加関税は中国の世界戦略を阻止しようとする米国の対抗措置として捉えることも可能であろう。もし中国当局が今後、力づくで香港問題を解決しようとすれば、トランプ政権はさらなる追加関税などで圧力を加えることが予想される。また香港問題は中国が抱えるチベット自治区や新疆ウイグル自治区など他の地域の人権問題にも連鎖する可能性がある。習近平指導部は事あるたびに「核心的利益」では断固譲らないとしているが、香港問題への対応を誤ることがあれば、重大な事態に発展しかねないであろう。そうした見方に立てば、香港問題は決して小さな問題ではない。いずれにしても、「天安門事件」の再発のような事態は回避されなければならない。香港国際空港を占拠するような若者たちの抗議活動はよくないが、香港住民の要求に向き合おうとしない中国政府の姿勢にも問題があろう。建国百周年にあたる2049年までまだ30年もあるのに何か、習近平指導部が急いでいるように感じられる。急げば急ぐほど、国内でも国際的にも摩擦や反発は増大せざるをえないであろう。(おわり)
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