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2019-10-11 00:00
(連載1)緊急条例発動‐香港問題に思うこと
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
香港の若者たちによる激しい抗議活動が続く中で、香港政府の林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官は2019年10月4日に「緊急状況規則条例」の発動を発表した。これにより、5日に「覆面禁止規則」が発令されたが抗議活動が収拾する見通しは立っていない。ところで、香港が約150年間に及びイギリスの植民地であったことは周知のとおりである。1839年にイギリスと清(現、中国)の間でアヘン戦争が勃発し、同戦争で勝利を収めたイギリスと清との間で南京条約が1842年に結ばれ、香港はイギリスに永久割譲されることとなった。その後の取引で1997年まで香港はイギリスの租借地となった経緯がある。150年間のイギリスによる植民地統治を経て、1997年に香港は中国に返還されることになったとは言え、中国共産党による一党独裁国家の中国に香港を返還することに少なからず懸念があった。そうした懸念を考慮して、50年間は香港の高度な自治を保証することが決まった。これが「一国二制度」と言われる所以である。2019年の現在に至るまで22年が経ったが、まだ28年間は高度な自治が保証されなければならないことになる。
ところが、近年、中国政府は香港の自治を徐々に形骸化し始め出した。その背景には、習近平中国国家主席が掲げている「中国の夢」の実現という遠大な世界戦略がある。1949年の中華人民共和国の建国から100年後の2049年までに世界一の国家を目指すという、文字通りの世界戦略である。習近平指導部は経済面では「一帯一路」構想を掲げ、そのためにアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立し、構想に参加する多数の国のインフラ整備に巨額の融資を行っている。この「一帯一路」構想の狙いは経済面だけでなく中国の勢力圏の拡大と捉えることができよう。インフラ整備のため巨額の融資を行うのはよいが、なかには債務が返済できなくなり中国に事実上、差し押さえられたスリランカの港湾施設のような事例もある。この他にアジアではモンゴル、ラオス、キルギス、モルディブ、タジキスタン、パキスタン、欧州ではモンテネグロ、アフリカではジブチなどが債務返済に苦しんでいるとされる。
経済面だけではなく、世界一の超大国を目指すためには米国に劣らないくらいの軍事力が不可欠となる。そのために中国は海軍力の増強に余念がない。中国政府はいわゆる「九段線」を根拠に南シナ海のほぼ全域に領有権を主張し、実効支配を固めようとしている。これにフィリピン、ベトナム、マレーシアなど南シナ海に面する東南アジア諸国が反発しているとは言え、中国はお構いなしに海洋進出を続けている。南シナ海の南沙諸島には無数の島が点在するが、そうした島の幾つかを人工島にし、軍事基地として活用できるよう滑走路を敷き軍用機の発着を可能にしようとしている。さらにミサイル基地が建設されることが懸念される。こうした動きへの対処を迫られたトランプ政権は「航行の自由」作戦と銘打って対抗措置を講じているが、必ずしも効果的とはいえない。また中国は太平洋に進出するために東シナ海での活動を活発化している。中国海軍が沖縄県の宮古島と沖縄本島の間を抜けて太平洋に出ようとしており、その航路に近接して日中間で係争中の尖閣諸島もあり、問題が複雑にならざるをえない。中国の海洋進出はわが国にとっても他人事ではない。
さらに中国は核ミサイル開発に邁進している。近年、北朝鮮の核ミサイル開発に注目が集まっているが、その背後で中国の核ミサイル開発は飛躍的に進展している。中国の核軍拡の増強ぶりは北朝鮮とは比較にならない。特に射程距離500から5500キロ・メートルのいわゆる中距離核ミサイルが中国の核ミサイル戦力の主力を占める。1987年に米国とソ連の間で中距離核戦力(INF)全廃条約が締結されたが、中国はその締約国ではなかった。これをよいことに中距離核ミサイルを中国は大々的に開発・配備してきた。これ以上看過できないとトランプ政権が2019年2月1日にINF全廃条約の破棄をプーチン政権に通告したが、同通告は中国の中距離核ミサイル戦力に対する対抗手段とみることができよう。トランプ政権は今後、アジア・太平洋諸国に中距離核ミサイルを配備する構想を表明している。香港問題はこうした超大国を目指す中国の世界戦略の一環として捉えることが可能であろう。中国政府にとってみれば、国内に「一国二制度」を掲げ高度な自治を主張する地域はとても目障りな存在なはずである。中国政府にとって中国国内で自治を主張するチベット自治区や新疆ウイグル自治区の動向も気になる。さらに台湾海峡を挟んで台湾があり、香港問題が片付かない限り、台湾問題には手が回らないことになろう。50年間の高度な自治を約束していながら、香港の自治を形骸化しようと、習近平指導部が躍起になっていると考えてもおかしくない。他方、香港住民とすれば、少なくとも50年間の高度な自治が保証されなければならないと考えるのは当然である。こうしたことから、今回のような抗議活動が発生していると言えるだろう。(つづく)
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