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2019-09-20 00:00
(連載1)「徴用工問題」を考える
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
1965年6月の日韓基本条約の締結以来、日韓関係は最も悪化している感がある。2018年の秋から一年も経たない間に、日韓関係を震撼させる問題が続発している。その発端となったのは2018年10月に発生した旭日旗事件であるが、同事件と時期を並行するかのように10月30日にいわゆる「徴用工問題」への韓国最高裁判決が下され、続いて12月20日に「レーダー照射事件」が発生し、2019年8月22日の日韓GSOMIA(秘密軍事情報保護協定)の破棄決定へと続いている。このうち、先鋭化する日韓対立の中心的事件の一つが「徴用工問題」である。1965年に日韓国交正常化を実現した日韓基本条約と共に、日韓請求権並びに経済協力協定(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)が締結された。同協定は日本が韓国に対し無償3億ドルと政府借款2億ドルの計5億ドルに及ぶ巨額の経済援助資金を提供する一方、韓国は一切の請求権を放棄することを約束した。同協定は請求権について第2条で「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、・・日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とした。このとおり、協定には「完全かつ最終的に解決された」と記された。その後、日韓両政府は一貫して同問題は日韓請求権協定に従い解決されたとの姿勢を踏襲してきた。
ところが、こうした経緯に反して2018年10月30日に韓国最高裁にあたる韓国大法院は、日本統治時代に韓国人労働者が日本企業で強制的に労働させられたとし、当時の新日鐵住金(現、日本製鉄)に対し原告4人に損害の賠償を認める最終的な判決を下した。13人の最高裁判事から構成された大法院の最終判決は11対2に分かれた。その中で、大法院長である金命洙(キム・ミョンス)を含め多数意見は「強制徴用被害者の慰謝料請求権は請求権協定の適用対象に含まれない」とするものであった。これによれば、日韓請求権協定によっては個人の請求権は消滅しないことになる。 他方、多数意見ではあるが、金昭英(キム・ソヨン)、李東遠(イ・ドンウォン)、盧貞姫(ノ・ジョンヒ)の三名は「個人の請求権は請求権協定だけで当然消滅すると見ることはできない」とし、「請求権条約に基づき原告個人の請求権が日本で消滅しても大韓民国政府がこれを保護することはできないが、強制徴用被害者が韓国で被告を相手に訴訟を提起することができる」と論じた。
これに対し、権純一(クォン・スンイル)と趙載淵(チョ・ジェヨン)の二名は少数意見を表明した。同少数意見は「・・韓日請求権条約で原告の損害賠償請求権が消滅した」という立場をとり、「請求権協定が憲法や国際法に違反して無効と見なさない場合、その内容が気に入らなくても守らなければならない・・日本企業でなく大韓民国の政府が強制徴用被害者に正当な補償をすべきである」としたのである。また上記の大法院の判決にあるとおり、同問題の中心的争点となったのは個人の請求権が日韓請求権協定によって消滅したかどうかである。興味深いのは上記の二名の少数意見が個人の請求権は消滅したとの見解をとり、そのうえで韓国政府が原告に対し補償を行わなければならないとした点である。同判決に対し日本政府は直ちに反応した。河野外相は当日、「1965年に日韓基本条約と関連協定を結び、請求権を完全かつ最終的に終わらせた。これが両国関係の法律的な基盤となっていたわけであり、きょうの判決は、この基盤を一方的かつ根本的に毀損するものだ。・・韓国政府がきちんと対応をとってくれると思っている」と断言した。河野は11月3日に原告への補償はあくまで韓国政府にあると同様の発言を行っている。河野によると、「1965年の国交正常化でいちばん問題になったのが補償や賠償をどうするかで、日本が経済協力として一括して韓国政府に支払い、国民一人一人の補償は韓国政府が責任を持つと取り決めた」とし、「韓国にすべて必要なお金を出したので、韓国政府が責任を持って補償を行うべきだ」と力説した。
河野発言で着目すべきは請求権協定によって問題は解決済みであり、原告への補償は韓国政府が負うとしたものであり、上記の判決の少数意見に類似したものである。韓国大法院の判決の翌日の11月1日、安倍首相はいわゆる「徴用工」という言葉が不適切であるし、そのうえで同裁判の原告は徴用ではなかったと論じた。これは重大な問題提起であった。衆議院予算委員会で首相はまず「政府としては『徴用工』という表現でない、『旧朝鮮半島出身労働者問題』と言っている」と述べた。これは徴用工という言葉が著しい誤解を与えかねないからである。続いて首相は「これは当時、国家総動員法上、国家動員令には『募集』と『官斡旋』『徴用』があったが、実際、今回の裁判の原告は(徴用でなく)全部『募集』に応じたため、『朝鮮半島出身労働者問題』と言いたい」と言及したのである。11月9日の記者会見で河野外相も「今回の原告は募集に応じた方だと、政府として理解している。徴用された方ではない」と語っている。(つづく)
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