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2019-09-06 00:00
(連載2)文在寅によるGSOMIA破棄決定の衝撃
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
ところが、その調子でトランプ政権と事前協議を行い米国側からの理解を得た上でのGSOMIAの破棄決定であったと印象を与えようとしたのは致命的な失態であった。これが米国側の失望と懸念表明につながったことは間違いない。すなわち、文在寅の計算が狂ったのは国務省や国防総省など外交、安全保障・防衛の関係部局の高官達だけでなく、トランプ大統領を怒らせたことである。破棄決定がトランプ政権をこれほど憤激させることになることを文在寅は想定していなかったであろう。破棄決定の発表後、直ちにツイートするはずのトランプがしばし沈黙を保ったのは事態の深刻さを物語った。トランプの前で北朝鮮の「完全な非核化」を約束していながら、非核化に一向に応じようとはしない金正恩の言動は外部世界からみればまやかしであるとの謗りは免れない。その金正恩が文在寅を「文大統領はウソをつく人だ」とトランプの前で酷評したというのであるから、文在寅とは驚くべき人物である。
こうした経緯を踏まえると、想起されるのは上述の「レーダー照射事件」の真偽である。韓国軍駆逐艦が自衛隊哨戒機にレーダーを照射した事実はなく哨戒機が駆逐艦に接近したところに問題があるとした文在寅政権の主張に信憑性などないことが、今回の破棄決定を巡る経緯で裏付けられたと言えよう。同事件において文在寅は平然と事実関係を捻じ曲げて虚偽の主張を世界に向け吹聴しただけでなく、いわゆる「徴用工問題」では解決に向けて協議や仲裁委員会設置を要請した日本政府に対しその度ごとに検討中として、いいように振り回した。今回のGSOMIA破棄決定後に文在寅政権の行っていることは日本に対し行ったことの延長上で捉えることができよう。国務省や国防総省が破棄決定に深い失望と懸念を表明しているばかりか、トランプ本人が文在寅は信用できないとまで公言したが、歴代の韓国大統領に対し米国大統領がこういう形で批判したことはあるであろうか。しかもトランプ政権に批判されると、悪いうわさとなって世界中に拡散するのを文在寅は恐れたのか、8月28日にハリス中韓米国大使を呼び出し、トランプ政権に韓国政府への批判を自重していただきたいと要請を行った。「米国が失望と懸念のメッセージを繰り返し公式表明しているが、韓米関係と同盟強化のためにならない・・米国の立場は韓国に伝わったので公開的なメッセージの発信を自重してほしい」と、趙世暎(チョ・セヨン)第1外務次官はハリスに申し出た。これではトランプ政権の失望と懸念を一層助長するようなものである。
韓国のホワイト国除外を前日に控えた8月27日、李洛淵(イ・ナギョン)首相はGSOMIAが失効するまでの「・・期間に打開策を見いだし、日本の不当な措置を原状回復し、我々はGSOMIA終了を再検討できると考える」と訴えた。このことは安倍内閣に「ホワイト国」除外の取り消しと引き換えに破棄再考もあるといった文在寅政権の考えを示したものであろう。しかし8月28日に韓国の「ホワイト国」除外が施行されると、激怒した文在寅政権は一転してWTO(世界貿易機関)に提訴する意思を表明した。同日、李洛淵は「日本の不当な経済報復措置を正すためWTOへの提訴を速やかに進めるだろう」と述べた。さらに怒りの収まらない文在寅は8月29日に大統領府での閣議で歴史認識問題を引き合いに出して日本側を糾弾した。文在寅曰く、「過去を記憶し省察することに終わりはない・・一度反省の言葉を述べたから反省は終わったとか、一度合意したからと言って過去を過ぎ去ったものとして終わらせることはできない」と改めて日本側を罵倒したのである。自分の思うとおりに日本政府が対応してくれないとなると、日本に対しまたしても反省、反省と文在寅は声を荒げているのである。
それでは、GSOMIAの破棄決定の背後にはどのような計算が文在寅にあったのであろうか。2020年4月に予定される韓国の総選挙で勝利を収めることが文在寅の最優先事項であることは間違いがない。GSOMIAを更新すべきか否かを巡る世論調査において破棄を支持するとした世論が反対するとした世論をはるかに上回っていたことが文在寅を動かしたことは事実であろう。加えて、破棄決定の事由の一つに文在寅の最側近の人物の醜聞隠しという報道が伝えられている。これが文在寅による破棄決定にどの程度影響したか定かでないとは言え、日韓関係悪化のすべての責任を日本側に擦り付けることで窮地を文在寅が凌ごうとしているのがわかる。残念なのは、文在寅の扇動に踊らされるように、少なからずの韓国民が反日姿勢を露にしていることである。日本製品不買運動や日本旅行中止などを掲げデモが繰り広げられる様子がメディアを通じ報道されている。報道だけでは現地で起きている全体像を把握することは難しいが、こうした運動を仕掛けた張本人が文在寅であることは間違いがない。反日世論をここまで煽る文在寅は政治家というよりは扇動家と言うべきであろう。文在寅のそうした政治手法は民主主義国家の最高指導者として相応しいわけがない。文在寅のこうした言動は遅かれ早かれ、自らに跳ね返ってくるであろう。文在寅の政治手法には国民の生命と財産を守るために大局から問題の解決にあたろうとしている姿勢が残念ながら看取されない。中国、ロシア、北朝鮮、日本、さらには米国など周辺各国の主権と国益が激しく交差する北東アジアで味方と敵の区別も文在寅には怪しくなっている感を受けるのである。(おわり)
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