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2019-08-27 00:00
(連載1)金正恩による軍事挑発と暗転する朝鮮半島情勢
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
6月30日に板門店で電撃的な米朝首脳会談が開催された際、トランプ大統領は数週間以内に米朝実務者協議が開催されるであろうと楽観的な展望を披露したが、朝鮮半島情勢はその後一転して緊張を高めている。板門店での会談直後、金正恩指導部が開発を進めている核兵器の凍結案や同指導部が支持する非核化に向けた「同時並行措置」をトランプ政権側が考慮しているかのような推測が『ニューヨーク・タイムズ紙』をはじめとするメディアを通じ拡散した。北朝鮮政策特別代表のビーガンや大統領補佐官のボルトンがそうした推測を否定したものの、必ずしも根拠がないものではなかった。凍結案や「同時並行措置」は米朝実務者協議に一向に応じようとしない金正恩側をして協議のテーブルにつかせる動機付けを狙ったものと捉えられ、実務者協議が開催されれば、トランプ側が金正恩側に一定の譲歩姿勢を示すのではないかと案じられた。ところが、板門店での首脳会談から数週間経っても実務者協議が開催されないばかりか、事態は暗転しだした。この間に何があったのか。実務者協議の開催に向けて激しい駆け引きが行われたのではないかとの推測が流布された。それによると、トランプ政権が寧辺の核施設の廃棄だけでなく寧辺以外のウラン濃縮施設の廃棄を強く要求したのに対し、金正恩側は寧辺以外のウラン濃縮施設の廃棄は受け入れられないと反発したとされる。これに追い打ちをかけたのが8月上旬に予定された米韓合同軍事演習であった。これに金正恩側が猛反駁するかのように強硬姿勢に転じたとみられる。
その転機となったのが金正恩朝鮮労働党委員長による建造中の潜水艦の視察であった。7月23日に金正恩が「新しく建造した潜水艦を視察した」が、「同潜水艦は東海(日本海)作戦水域で任務を遂行することになり、作戦配備を控えている」と、『朝鮮中央通信』は報じた。同潜水艦は3基のSLBM(海中発射弾道ミサイル)を搭載可能であると目され、将来、SLBM戦力を北朝鮮が開発・保有することを示唆したのである。しかも同日、看過できない事件が日本海上空で発生した。日韓両国がいわゆる「元徴用工問題」や輸出管理の見直しを巡り対立を深める中、中露両国が合同軍事訓練を行い、ロシアの爆撃機が日韓で係争中の竹島の上空付近を通過するという行動に打って出た。そうした中露の合同軍事訓練を見計らうかのように、金正恩は建造中の潜水艦の視察を行ったことになる。
翌日の24日には文在寅政権が準備を進めていた対北朝鮮緊急人道支援を金正恩指導部が拒否した。韓国統一省は同日、人道支援の受入れを同指導部が拒否したと、国連世界食糧計画(WFP)に伝えたとされる。厳しい干ばつなどにより北朝鮮の食糧生産量は過去十年で最悪の状況にあり、北朝鮮の全人口のうち約4割にあたる1010万人もの人々が食糧不足に苛まれ、約136万トンもの食糧が不足していると国連専門機関が5月3日に伝えていた。この136万トンという見積もりは多少誇張されたものであるとしても、およそ100万トン相当の食糧が不足しているとみられている。しかも平壌など都市部で住民への配給は続いているものの、地方では配給が途絶えていると推察されている。これに対し、文在寅政権は緊急人道支援として800万ドル相当の食糧を提供する意向を明らかにした。その後、同政権が5万トンの米(コメ)を支援する準備を行っていたところ、金正恩指導部が受入れを拒否したのである。このことはどのように理解すべきなのか。後述の通り、8月上旬に予定された米韓合同軍事演習を気に食わない金正恩指導部が受入れを断ったと解釈できるが、外部世界で推察されているほど、北朝鮮の食糧不足が深刻ではないのか。はたまた食糧不足が深刻であるとしても金正恩指導部が食糧不足に喘いでいる国民の生活など特段、気に留めていないのか。
こうした中で再開されたのが金正恩指導部による一連の軍事挑発であった。7月25日に日本海に面した北朝鮮の元山(ウォンサン)付近から日本海方向に向け2発の短距離飛翔体が発射された。韓国合同参謀本部の発表によると、「北朝鮮が今日午前5時34分と5時57分頃、元山一帯から東海上に未詳の発射体を発射した。」その後1発は最高高度約50キロ・メートルに達し約430キロ・メートルを飛行した一方、もう1発は約690キロ・メートルも飛行したことが明らかになった。690キロ・メートルという飛行距離は済州島を含め韓国全域を捉えるだけでなく、山口県の岩国飛行場も射程内に捉えることを示唆したのである。7月31日にも短距離飛翔体が数発発射された。韓国合同参謀本部の発表によると、「北朝鮮は今日未明、咸鏡南道(ハムギョンナムド)虎島(ホド)半島一帯から未詳の飛翔体数発を発射した。」これに対し、韓国国防部長官の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)は同日、従前の立場を一変させるかのように金正恩指導部を痛烈に非難した。「・・我々を威嚇して挑発すれば、北の政権と軍は当然『敵』概念に含まれる」と、鄭景斗は糾弾したのである。 (つづく)
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