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2019-06-04 00:00
自由貿易理論と多角的貿易
倉西 雅子
政治学者
国賓として来日していたトランプ米大統領。米中貿易戦争がエスカレートする中でのアメリカ大統領の訪日とあって、日米間の通商関係に対する関心も嫌が応にも高まったのですが、特に懸念されているのが、アメリカによる日本製品に対する関税の引き上げです。中国のケースでは、膨大な額に上るアメリカ側の対中貿易赤字の他に、米中間の政治・軍事的な対立が中国製品に対する関税引き上げの要因となりました。一方、日米関係の場合には、中国のような政治・軍事的な対立はありません。トランプ政権が、自動車等の日本製品に高率の関税を課すとすれば、その主たる理由は、純粋に対日貿易赤字の削減ということになります。しかしながら、考えても見ますと、日米間で貿易収支を完全に均衡させるとしますと、非常に難しい問題が発生するように思えます。
そもそも、第二次世界大戦後の国際通商体制とは、GATTを軸とした自由貿易体制を基調としており、全ての諸国が複数の諸国とお互いに貿易を行う多角的貿易を目指していました。一対一の二国間貿易ではなく、多対多の多角的貿易こそが戦後の理想であったのです。ところが、自由貿易主義の基礎的理論となるリカード等の比較優位説のモデルは、二国間貿易を想定して組み立てられています(しかも、通貨の問題や貿易収支等については捨象している…)。ここに、自由貿易主義における二国間モデルと多国間モデルとの間のギャップが見られるのですが、現実が多角的貿易であるとしますと、二国間で貿易収支を均衡させることは不可能に近いとしか言いようがないのです。
何故ならば、日本国を例とすれば、日本国は、工業製品の輸出による対米貿易黒字によって国際基軸通貨である米ドルを獲得し、それを以ってオセアニア、中近東、南米、アフリカ、等から石油や天然資源等を輸入してきたからです。つまり、対米黒字を維持しなければ、他の諸国から原材料やエネルギー資源を輸入することができないのです。このことは、日本の貿易構造に限ったことではなく、何れの国の貿易状況を見ましても、二国間で貿易が完結している事例はほとんどないのです。
多角的貿易の観点からしますと、日米間における貿易収支の均衡化は、今後、日本国の貿易を縮小させる可能性があります。仮に、無理をしてでも両国間の貿易収支を均衡させようとすれば、日本国は、完成品をアメリカ向けに輸出する一方で、石油やシェールガスといったエネルギー資源を含め、日本国内での製造に要する原材料をアメリカから輸入する必要がありましょう。日米貿易交渉は緒に就いたばかりですが、交渉に当たっては、自由貿易理論と多国間貿易の現実との不整合性や米ドルの国際基軸通貨としての役割等についても考慮すべきではないかと思うのです。
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