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2019-05-24 00:00
(連載2)「瀬戸際戦術」を再開した金正恩の狙い
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
食糧難がそれほど深刻であるとすれば、金正恩が国連機関や文在演に対し食糧支援を要請するのが筋ではなかろうか。伝えられているところでは金正恩がそうした要請を行ったという報道はないように思われる。ということは、背に腹を変えられないはずの金正恩指導部が緊急食糧支援を要請する代わり、あえて軍事挑発に打って出たことになる。安保理事会決議への違反と受け止められかねない弾道ミサイルの発射実験を強行したとしても、それに怯えた文在演は全力を挙げて緊急食糧支援を行うと金正恩は読んだのであろうか。2017年12月採択の安保理事会決議2397が「・・北朝鮮は弾道ミサイル技術や核実験、またいかなる挑発を使用する追加の発射を行ってはならない」と規定したことを踏まえると、5月4日と9日の短距離弾道ミサイルの発射実験が安保理事会決議に違反することは金正恩も理解しているはずである。それでも発射実験を繰り返しているところをみれば、この程度の軍事挑発では安保理事会での追加経済制裁論議に発展することはないであろうと、金正恩が高を括っているとみることができよう。
この事由として追加制裁に対するトランプの消去的な姿勢が指摘されよう。3月21日に米財務省が北朝鮮による海上違法活動を指弾する詳細な報告書を発表した。同日、ムニューシン(Steven Mnuchin)財務長官は「・・財務省は制裁を引き続き履行する。北朝鮮との違法取引を隠すため欺瞞戦術を使う海運会社は大きな危険に直面することを我々は明確にする」と警鐘を鳴らした。ところがその直後にトランプが追加経済制裁は行わないとツイッターに書き込んだ。トランプによると、「本日、大規模な追加制裁が北朝鮮に対する既存の制裁に追加されることが米財務省から公表された。私は本日発表された財務省による追加制裁を撤回するよう指示した。」政権内で多少ならずとも混乱があっても、追加制裁はないとトランプが断言したことが金正恩の強硬姿勢を後押ししていると推測される。つまり低次元の軍事挑発であれば、トランプは動かないとのメッセージを金正恩に与えることになったと言えよう。
2017年11月の「火星15」型ICBM発射実験以来、金正恩は核実験や弾道ミサイル発射実験を行っていないと言うのがトランプの口癖になっているが、これがついに破られたことになる。5月9日の短距離弾道ミサイルの発射実験について、「我々は現在これを非常に深刻に見ている。それらは小型ミサイルであり短距離ミサイルである」と述べ、「誰もこれを好まない。我々は状況を注視していく」とトランプは語った。腹の底では金正恩に裏切られたとトランプは憤慨しているかもしれないが、少なくとも表面上は依然として金正恩に寛容な姿勢をトランプは崩していない。また文在演は9日、「・・たとえ短距離だといっても弾道ミサイルなら国連安保理決議違反の可能性もないとは言えない」と語り、弾道ミサイルの可能性がないわけではないような説明を行っている。韓国国防部も「短距離ミサイルとのみ表現する」と発表し、弾道ミサイルと言及することを意識的に避けている。安保理事会決議に対する違反に該当しうる弾道ミサイルの発射実験であったとトランプも文在演も言及できず、対応を曖昧にしたままである。こうした状況の下で、文在演が北朝鮮への人道支援として緊急食糧支援に踏み切ることになれば、軍事挑発がまんまと功を奏したことになる。こうした中で、文在演政権が5月17日に国連機関の国連世界食糧計画や国際児童基金(UNICEF)を通じ800万ドル相当の緊急食糧支援を行うことを決定した。
他方、米司法省は北朝鮮産出石炭を運搬する北朝鮮船籍の大型貨物船「ワイズ・オネスト号」が安保理事会決議違反の海上違法取引を行ったとして拿捕すると共に、米国の領海に移送中であることを明らかにした。5月4日と9日の軍事挑発は祖父・金日成、父・金正日が国家存亡の危機に瀕すと判断した際に果敢に外部世界を激しく揺さぶった、あの「瀬戸際戦術」を想起させる。「瀬戸際戦術」とは大破局に至りかねない危機を自ら醸成することにより、これに慄いた相手から多大な譲歩を引き出すという策略である。「瀬戸際戦術」に打って出た金正恩にしても大破局を望まないことは確かであろう。しかし相手の対応を見誤ることがあれば、最悪の事態として回避したいはずの大破局が待ち受けていかねないことも確かである。北朝鮮への緊急食糧支援が行われれば、しばしの間、緊張状態は和らぐであろうか。とは言え、「完全な非核化」の完遂まで経済制裁を堅持するとの基本路線をトランプが変更するとは思われない。そうであれば、今回、軍事挑発が功を奏したとして金正恩は短距離弾道ミサイルの発射実験をまたしても強行するであろうか。あるいは経済制裁の緩和や解除を狙い金正恩が軍事挑発の次元を徐々に高めるであろうか。もしもそうした場合、トランプはどのように対応するであろうか、注目される。(おわり)
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