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2019-04-24 00:00
カール・マルクス「資本論」の功罪
加藤 成一
元弁護士
カール・マルクスの主著「資本論」は、「1867年にドイツで出版され、資本主義社会の運動法則(矛盾)を弁証法的に分析解明し、資本主義が社会主義に移行せざるを得ない必然性を立証した書である」(向坂逸郎訳「資本論」第一巻訳者まえがき。昭和46年岩波書店刊)とされている。爾来150年が経過したが、旧ソ連・中国をはじめとする社会主義国家の成立を含め、全世界における、その政治的、社会的、経済的、文化的影響力は、誠に甚大であったと言えよう。しかし、私見によれば、カール・マルクス「資本論」には下記に述べる功罪がある。私見によれば、その功績は資本主義社会における「利潤」(剰余価値)の根源とその機能を解明したことであろう。マルクスによれば、「利潤」(剰余価値)の根源は「賃金(生活費)を超えた労働部分(剰余労働)である」(「資本論」第一巻第5編第14章「絶対的剰余価値と相対的剰余価値」前掲書639頁)。「利潤」の機能は、資本主義社会における生産などの経済活動がもっぱら「利潤」の獲得を目的として行われ、「利潤」を否定すれば資本主義経済は成り立たないということである。計画経済ではなく市場経済である資本主義経済では、「利潤」は有効適切な資源の配分や経済の効率的な循環運営に必要不可欠である。「経済合理性」を指導原理とする資本家(企業)は、常に「利潤」の最大化を目的とするから、流動資本である労働賃金の削減、長時間労働、技術革新による生産性向上などが、企業間競争を勝ち抜くために恒常的に行われる。これらは、賃金の低下、過労死、労働強化などをもたらす可能性がある。
このように、マルクス「資本論」により「利潤」の根源とその機能が解明されたことによって、「利潤」追求による賃金労働者の社会的不利益を是正する必要性が生じ、且つ社会主義革命への恐怖心から、特に第二次大戦後、西欧をはじめ先進資本主義諸国において「修正資本主義」や「社会民主主義」の思想が急速に台頭した。その具体的政策としては、賃金の低下を防止するための「最低賃金制度」、長時間労働を防止するための「労働基準法」、労働強化を防止するための「有給休暇制度」、その他各種社会保険や年金、医療、介護など社会保障制度全般の整備である。そして、「修正資本主義」や「社会民主主義」の思想は、「揺籠から墓場まで」の英国や北欧諸国などの「福祉国家」として現実化した。これらの結果は資本主義社会の上記基本的矛盾を分析解明したマルクス「資本論」の影響であり、「功」の部分であると言えよう。しかしながら、もとより、マルクス「資本論」は功績ばかりではない。マルクスは、「資本論」第一巻第7編第24章第7節「資本主義的蓄積の歴史的傾向」において、「資本主義が発達すると、資本(生産手段)が少数の資本家の手に集中集積し、それに伴って賃金労働者の生産も社会化(協働化)されるにもかかわらず、資本家による富の取得は私的なままである。このため、「窮乏化」した労働者階級と資本家との矛盾対立が激化して、資本家は労働者階級によって収奪され、資本主義的私有は終焉する。」(前掲書951頁~952頁)と予言した。しかし、日本をはじめ先進資本主義諸国ではこの予言は当たらなかった。確かに、先進資本主義諸国においては資本の集中集積の傾向は認められるが、必ずしも中小企業などは淘汰されず、今もその数は決して少なくない。
また、先進資本主義諸国では、労働者の名目賃金は不断に上昇しており、資本主義の発達による労働者階級の「窮乏化」は起こらなかった。蔵原惟人元日本共産党中央委員会常任幹部会委員も「労働者自体がいわゆる無一物の無産者という感じでもないし、労働貴族でもない多数の層が成長している。労働者が自動車を持っていれば、昔なら労働貴族だったが、今はそうとは言えない。労働者階級のそういう変化をよく見て、古い戦略戦術ではなく、それに即応した新しい方法を考えることが大切だ。」(蔵原惟人著「蔵原惟人評論集第9巻思想論」187頁。1979年新日本出版社刊)と述べ、労働者階級に「窮乏化」の事実がないことを認めている。したがって、日本をはじめ先進資本主義諸国ではマルクス「資本論」は有効な理論とは言えないのである。このように、日本をはじめ民主主義が発達し政治的経済的に豊かな先進資本主義諸国では、いずれの国も労働者階級の「窮乏化」が起こらず、マルクスの予言した「社会主義革命」の条件が存在しないため、社会主義革命は起こっていない。しかし、旧ソ連、中国などのような民主主義が未発達で政治的経済的に貧しい後進資本主義諸国に限って社会主義革命が成功している。これは、一見するとマルクス「資本論」の理論に反する革命に見えるが、実はそうではなく、社会主義革命成功の理由は、マルクス「資本論」自体が先進国革命に有効な理論ではなく、むしろ、後進国革命に有効な理論だからこそ後進国において成功したのである。
すなわち、マルクスが予言したような資本主義が発達しても労働者階級の「窮乏化」が起こらず、むしろ労働者の名目賃金が不断に上昇しているから、マルクス「資本論」の理論では、民主主義が発達し政治的経済的に豊かな先進資本主義諸国では社会主義革命は起こらないのである。しかし、民主主義が未発達で政治的経済的に貧しい後進資本主義諸国においてこそ、議会制民主主義がなく、労働者や農民が「窮乏化」し、社会主義革命の条件が存在するから、有力な社会主義革命理論、強固な社会主義革命党、優れた革命指導者が存在すれば、むしろ先進資本主義諸国よりも容易に暴力による社会主義革命が成功し得るのである。このように考えれば、旧ソ連、中国、キューバなどにおける社会主義革命の成功を正しく理解できるであろう。そうだとすれば、マルクス「資本論」は一つの有力な「社会主義革命理論」として、後進国革命にこそ有効であり、後進国革命の成功のために、レーニン、毛沢東、カストロなどによって活用されたと言えるであろう。しかし、後進国革命がマルクス「資本論」の「社会主義革命理論」から生まれた以上は、旧ソ連、中国などの社会主義国家が、いずれも暴力革命による共産党一党独裁国家であり、国民の人権を蹂躙するものでしかなかったことの責任は、マルクス「資本論」にもあると言えよう。なぜなら、マルクスは、「資本論」第一巻第24章第6節「産業資本家の生成」で「暴力は新しい社会を孕むすべての古い社会の助産婦である」(前掲書938頁)と述べ、「暴力」の革命的役割を認めているのみならず、「資本主義から共産主義への過渡期の国家はプロレタリアートの革命的独裁以外にはない」(マルクス「ゴーダ綱領批判」世界思想教養全集11巻139頁。昭和37年河出書房新社刊)と述べ、その実質は共産党一党独裁である「プロレタリアート独裁」をも認めているからである。これらの点がマルクス「資本論」の「罪」の部分であると言えるであろう。
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