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2019-03-31 00:00
(連載2)トランプによる追加制裁撤回の背景
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
とは言え、トランプによる追加制裁の撤回は混乱を呼ぶ事態を生んだ。トランプが米財務省の追加制裁の公表を知り、重大な事態に発展しかねないと判断し追加制裁を撤回させたとしても、トランプが指示した追加制裁の撤回とは具体的に何を指すのか必ずしも明らかではない。トランプのいう追加制裁の撤回により違法海上取引はこのまま野放しになるのかどうか。様々な憶測を呼ぶ事態となっている。いずれにしても、米朝対立局面へと向かいかねない事態の収拾にトランプが動いたと解釈される。トランプは決裂に終わった第2回米朝首脳会談後の記者会見で「・・我々は大変強力な制裁を科している。制裁の強化については話したくない・・」と発言した。このことは「経済制裁の全面解除」を執拗に迫る金正恩を目の前にして経済制裁が殊の外効いており、追加制裁が発動されれば、金正恩はいよいよ窮地に追い込まれるのではないかとトランプが感じたのではないかと推察される。トランプによる追加制裁の撤回指示を受け、3月25日に北朝鮮側は開城の南北共同連絡事務所に一部の職員を復帰させたという。
ところで、金正恩が殊の外憂慮しているのは北朝鮮の外貨保有額の激減であるとされる。現保有額は30から70億ドル相当であるとされるが、経済制裁が続くことにより、年間、10から15億ドル程度、低減することが予想され、そうなれば、数年内に保有外貨額は文字通り、底をつくと見られている。今回、トランプによる追加制裁の撤回指示により突発的とも言える危険な事態が回避されるかもしれないが、今後、米朝間の膠着状態が打開されるとは言い切れない。このことは相手側に大幅な譲歩を要求する米朝双方の基本姿勢に何ら変化がないからである。
金正恩にとって非核化措置の許容範囲は相変わらず寧辺核施設の廃棄に止まっている。第2回米朝首脳会談で寧辺核施設の廃棄と引き換えに5件の国連安保理事会決議の解除を求めた金正恩の提案に応じなかったトランプ側に対し、上述の崔善姫は首脳会談後の記者会見で「・・このような提案を米側が受け入れなかったのは千載一遇の機会を逃したも同然である」と捨て台詞を吐いたが、このことは言葉を変えると、寧辺核施設以外の非核化措置を金正恩は全く考慮していないことを物語る。今後、もしも寧辺核施設以外の高濃縮ウラン製造施設の廃棄に応じる可能性が金正恩にないわけでないにしても、それでも「完全な非核化」からはほど遠いと言わざるをえない。北朝鮮領内で行われている核関連活動の全容を盛り込んだ核申告の提出に応じる用意は金正恩にはさらさらない。また秘匿しているであろう核弾頭、核分裂性物質、ICBM、その他の大量破壊兵器などの廃棄について譲歩する意思も金正恩にはみられない。そうした頑なかつ硬直した姿勢では非核化は先に進むことは難しい。
これに対し、トランプ政権としては一時的に追加制裁の発動の見送りを行うことがあるとしても、現存の経済制裁を堅持する姿勢に変わりはない。そうした中で、金正恩体制の保有外貨額は枯渇に向かいつつある。さらに今後、最大の抜け穴の一つとなっている違法海上取引をトランプが一時的に黙認しても、遠からず違法海上取引への取り締まりは強化されれば、石油精製品は北朝鮮に今後、ますます入らなくなるであろうと予想される。金正恩に非核化の意思がないことはポンペオ、ボルトン、ビーガン、ムニューシンなど政権の高官達だけでなく、トランプ自身も理解している。しかも米議会の有力議員達は経済制裁の堅持と強化にトランプ政権と同様に前向きである。こうした窮地ともとれる事態を招いたのは他でもない金正恩本人である。2018年9月20日の第3回南北首脳会談の際に金正恩は文在演を前にして「はやく非核化を行い経済に集中したい」と発言したとされるが、金正恩の言葉を信用している人間は文在演を除けば、外部世界にいないであろう。こうした状況の下で、追い込まれた感のある金正恩が遅かれ早かれ大規模な軍事挑発に戻る可能性は決して低くないのである。(おわり)
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