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2018-10-24 00:00
(連載1)金正恩になびく文在演とトランプの警鐘
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
2018年9月中旬に開催された第三回南北首脳会談において採択された「平壌共同宣言」は、金正恩朝鮮労働党委員長が目論む非核化の骨子を世界に周知させることになった。非核化についての同宣言の記述によると、「北側は米国が6.12朝米共同声明の精神に従って相応措置を取れば、寧辺核施設の永久的な廃棄のような追加措置を引き続き講じていく用意があることを表明した」とある。9月20日に金正恩が文在演大統領を前にして「はやく非核化を行い、経済に集中したい」と述べたというがその意味するところは、非核化の具体措置として応じることができるのは寧辺核施設の廃棄であると金正恩が考えていると受け取れる。もしそうであるとすれば、寧辺核施設の廃棄の外に廃棄対象はないとも解釈できよう。あるいはトランプ大統領がさらに相応の見返りを与えるならば、他の核関連施設の廃棄にも応じるとも解釈できないわけではない。
6月12日の米朝首脳会談で採択された「共同声明」において「完全な非核化」を金正恩が約束したはずであるが、それから約3ヵ月後に採択された「平壌共同宣言」の中身が寧辺核施設の廃棄であったとすれば、「完全な非核化」とは程遠い内容であり、はなはだ不十分であると言わざるを得ない。こうしたからくりを金正恩が目論み、これに文在演が理解を示したことを物語る。いずれにしても、同宣言を通じ総ての核関連活動の全容を盛り込んだ、いわゆる核リスト申告の提出と、申告→査察→廃棄→検証という手順を盛り込んだ工程表の提出には応ずるつもりはないとの金正恩の意思が確認されたと言えよう。こうした中で10月7日に行われた金正恩とポンペオ国務長官の会談を通じ極めて重大なことが明らかになった。米国が提供すべき「相応措置」とは朝鮮戦争の終戦宣言だけにとどまらずなんと経済制裁の解除であると金正恩は断言したのである。その上で、トランプ政権が求めてきた核リスト申告の提出に対し「信頼関係が構築されていない状態でリストを提出しても、米国が信用できないと言うだろう。再申告を求めかねない。そうなれば争いになる」と釈然としない事由を根拠に、金正恩は提出を拒否した。
いずれにせよ、こうした流れから金正恩の目論む意図や狙いがみえてくる。できるならば可能な限り多くの見返りを金正恩はトランプから頂きたいであろうが、トランプの要求する「完全な非核化」に応じるつもりは金正恩に毛頭ない。もしもそうであるならば、米国から特段の見返りは期待できないことを金正恩は理解しているのではないか。金正恩にとってむしろ喫緊の課題は北朝鮮との貿易において圧倒的な比率を占める中国が国連安保理事会決議に基づく経済制裁の解除に応じることであり、それにロシアが続き、開城工業団地の閉鎖などの独自制裁の解除に韓国が応じることを現実的かつ当面の目標と金正恩が捉えている節がある。他方、ポンペオも黙っていたわけではない。朝鮮戦争の終戦宣言には寧辺核施設の廃棄だけでは不十分であるとし、すべての大量破壊兵器の廃棄、核弾頭、ICBM、移動式発射台の廃棄や国外搬出を行うことが終戦宣言に応じる条件であると、ポンペオは言い返したのである。こうしたことから非核化を巡り米朝関係は予断を許さない状況にあることが示される格好になった。この間、対北朝鮮経済制裁を巡り関係諸国では激しい綱引きが繰り広げられている。中国やロシアは安保理事会決議に基づく経済制裁の実施の緩和を求めている。こうした中で康京和(カン・ギョンファ)韓国外相が独自制裁の解除をほのめかしたところ、「韓国は米国の承認なく制裁を解除しないだろう」とトランプは独自制裁の解除に待ったをかけた次第である。
そうすると、文在演はフランスやイギリスなど安全保障理事会の常任理事国の首脳達に対し北朝鮮への国連経済制裁の解除を訴えた。その背景には中国やロシアに加えフランスやイギリスなど他の常任理事国からの内諾が得られれば、安保理事会決議に基づく経済制裁を形骸化できるであろうとの読みが文在演にあるのであろう。文在演政権に警鐘を鳴らしているトランプ政権ではあるが、トランプ政権の姿勢にも曖昧かつ不透明なところが散見される。確かに、トランプ政権は非核化の完遂まで経済制裁を解除することはないと事ある度に明言しているとは言え、トランプは遠くない将来の第二回米朝首脳会談の開催に前のめりとなっている感がある。非核化の履行を巡り米朝間でこれだけ齟齬があるにもかかわらず、第二回首脳会談においてトランプは金正恩と何を討議するのか。真正面からあくまで核リスト申告と工程表の提出の要求にトランプは拘るであろうか。それとも金正恩の意向を尊重するかのように、寧辺核施設の廃棄と引き換えに相応の見返りをトランプは与えるであろうか。それをもって金正恩と手打ちをすることはないであろうが、首脳会談の開催に前のめりとなっているトランプの姿勢にも不透明なところがある。(つづく)
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