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2018-10-19 00:00
東電原発事故刑事裁判の法的評価
加藤 成一
元弁護士
平成23年3月11日に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原発事故に関する業務上過失致死傷害被告事件(有罪の場合は5年以下の懲役若しくは禁固、又は100万円以下の罰金=刑法211条)の第30回公判が10月16日東京地裁で開かれた。被告人は武藤栄元副社長、勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長の三名である。三名はいずれも東京地検では不起訴処分(嫌疑不十分)であったが、検察審査会の議決に基づき強制起訴された。同日、事故当時の東電原子力・立地本部長であった武藤元副社長の被告人質問が行われた。本件の最大の争点は、巨大津波を予見し、事故を防止できたかどうかである。三名はいずれも「事故の予見や回避は不可能だった」として無罪を主張している。
事故発生の予見可能性に関する重要な点は、事故の9年前の平成14年7月に政府の専門機関が「長期評価」として福島沖でもマグニチュード8級の津波地震発生の可能性を指摘していた事実であろう。これに対して東電子会社は、6年後の平成20年3月に「長期評価」に基づき、福島第一原発の津波の高さが15.7メートルになると試算し、同年6月東電の担当者が武藤元副社長(当時は常務・副本部長)に試算結果を報告している。しかし、武藤副社長はすぐには津波対策などを取らず、「長期評価」の信頼性について、外部有識者(土木学会)に試算手法の妥当性の検討を委ねたとされる。そのため、その後、東電側において、「長期評価」に基づき海抜20メートルの防潮堤設置などの津波対策が検討されたが実施されないまま、それから三年後の平成23年3月に、まさに「長期評価」で指摘されていた巨大津波地震が発生したのである。
判例によれば、「過失の要件は、結果の発生を予見することの可能性とその義務及び結果の発生を未然に防止することの可能性とその義務である」(最高裁決定昭和42・5・25刑集21―4―584=佐渡弥彦神社事件)とされている。上記の事実関係によれば、(1)平成14年7月に政府の専門機関による「長期評価」で福島沖に巨大津波地震発生の可能性が指摘されてから、東電側においては、「長期評価」に基づき津波の高さを15.7メートルと試算し、海抜20メートルの防潮堤設置が検討されたものの、結局、特段の津波対策などが取られることなく、事故発生まで9年間経過していること、(2)「長期評価」の信頼性については異論もあり得るし、防潮堤設置には多大の経費を要し、工事期間中原子炉の一時停止の可能性もあるため、外部有識者の検討に委ねることも理解できなくはないが、少なくとも、「長期評価」は政府の専門機関による指摘であり、甚だしく不合理なものでない以上は尊重すべきであったこと、(3)「長期評価」で想定された巨大津波地震が福島沖で実際に発生し、「長期評価」が不合理なものではなかったことが結果的に証明されており、その意味では「想定外」とは言い切れないこと、などの諸点を考えれば、上記判例による「事故発生の予見可能性と結果回避可能性があった」との法的評価も必ずしも不可能ではないであろう。
原発の稼働など、高度な業務に従事する者は、通常人に比べて特別の注意義務(業務上の注意義務・監督義務)が課されている(最高判昭和26・6・7刑集5-7-1236)。本件刑事裁判によって、福島原発事故発生のメカニズムや、予見可能性と結果回避可能性の有無が司法の場で解明され、いわゆる「反原発運動」を超えて、今後の原発事故発生防止の貴重な教訓とされることが、全国民にとっても期待される、と言えよう。
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