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2007-04-09 00:00
「自由と繁栄の弧」構想を機能させるために
櫻田 淳
東洋学園大学准教授
麻生太郎外務大臣が提示した「自由と繁栄の弧」構想は、日本の対外政策構想としては、誠に精気のあるものであるといえよう。ただし、これは、「価値」を前面に出した構想であるが故に、扱いを誤れば、その価値を異にする国々との無用な摩擦を引き起こす怖れもある。事実、中国政府は、この構想に警戒の念を示していると伝えられる。
「この諸主義はみな人間の同一なる動機より生じたるものなればいずれも人間の心理を包有せざるはなし、ただその一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り、しかして誤謬を犯して自ら知らざるなり」。
これは、明治言論界の偉才であった陸羯南が『近時政論考』で引用した言葉である。「自由と繁栄の弧」構想に埋め込まれた対外政策論理が、「一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り、しかして誤謬を犯して自ら知らざるなり」という結果を招くならば、それは決して我が国の利益に合致するものとはなるまい。おそらくは、暗黙の対中牽制の枠組としての「自由と繁栄の弧」構想を充分に機能させようとするならば、それとは一見して矛盾する性格を持つ別個の対中政策構想が必要とされよう。対外政策の目的は、様々な国々と安定した関係を築くことにあるからである。
振り返れば、冷戦初期、対ソ連「封じ込め」政策を主導したジョージ・F・ケナンは、アントン・P・チェーホフの文学作品に代表されるロシアの芸術世界に深い理解を示した人物であった。「一個を主張するものは極点までこれを主張す、ゆえに他の一と相容れざるに至り」という事態の弊害を避けるためには、そうした感性の意義は適切に理解されるべきであろう。
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