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2018-06-29 00:00
アメリカはウルトラマンではない
篠田 英朗
東京外国語大学大学院教授
トランプ大統領は無能だ、と言い切る自信は、私にはない。もっとも、トランプは偉大だ、と言いたいわけでもない。一回の会合で全て解決することはない、そういう方法論を採用した、それだけのことだ。発展性のあるプロセスの枠組みを作った、それがそんなに悪いことだとは思えない。制裁は維持している。もっとも確かに、会談を経て、中国との国境はさらにいっそう緩くはなるだろう。米韓合同軍事演習は、いつでも再開できる。もっとも確かに、譲歩に使ったと非難されれば、否定はできないだろう。だが果たしてこれ以上のことができたのか。初回から何か別のことをするべきだったのか。
日本の評論家が、通常の平凡な外交交渉の基準を持ち出して、今回の米朝会談を見ているということはないか。…普通は官僚が全部細部を決めて、トップはサインするだけだ、常にそういうやり方をとるのが正しいことなのだ…、といった基準で、独裁国家を相手にした特異な会談の評価をしていないか。戦争当事者同士が交渉をしているのだ。アフガニスタンや、中東や、アフリカのサヘルなどを見て、もう少し「紛争解決」の考え方に近寄った基準をとっていただければ、私のような気持ちになる人も増えるのではないかと思う。日本の世論が、当事者意識が強い韓国や米国の世論と乖離しているのも気になる。北朝鮮メディアも驚くほど好意的に、会談結果をとりあげているようだ。すべては金正恩氏が、自分で合意書にサインしているからだ。合意書の詳細な文言など、何度も反故にされてきた事柄だ。しかし金正恩氏自身が、米国大統領と並んで、合意書にサインをした。その場面の画像に、大きなインパクトがあることは間違いない。アメリカ国内からも、トランプ大統領の支持率が急上昇しているというニュースが流れてくる。
われわれ日本人が、日本人なりの視点を持つのは当然だ。それは、良い。だが、だからとって「会談は失敗だった」、などと結論づけることは、果たしてそんなに簡単にできることなのか。ウルトラマンは、アメリカのメタファーだ、という広く知られた俗説がある。普段は見えないが、危機になったら、すべて解決してくれる、というわけである。ウルトラマンは、怪獣を次々となぎ倒すのが当たり前なので、もし苦戦でもしようなら、「何やってんだ!」と離れたビルの中から罵倒する、それが地球人の態度である。ウルトラマンが強い手段をとって怪獣を倒すとしても、離れたビルにも危害が及ぶようであれば、やはり「何やってんだよ、ウルトラマン」、と地球人は言うだろう。
しかし、言うまでもなく、アメリカは、ウルトラマンではない。巨人ではあっても、能力の限界に苦しみながら、必死に生きようとしている、同じ人間の集団である。日本は、なぜアメリカと同盟関係にあるのか。日本は、アメリカがウルトラマンだから同盟を組んでいるのか。もしアメリカがウルトラマンではなかったら、即刻、同盟関係を解消するのか。親米主義者であるか、反米主義者であるかにかかわらず、あらためて、アメリカはウルトラマンではない、ということを考え直すには、今回の米朝会談は、いい機会だったかもしれない。
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