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2018-06-19 00:00
(連載1)政治ショーと化した米朝首脳会談と今後
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
6月12日にシンガポールで初めての米朝首脳会談が開催された。2017年を通じ米朝間で軍事衝突の危機が眼前に迫りつつあったことを踏まえると、トランプ大統領と金正恩朝鮮労働党委員長の両首脳が終始にこやかに歓談したことにより、軍事衝突の危険性が著しく低減したことは事実であろう。とは言え、米朝首脳会談が開催されたという基本的な事実を超えて懸案の非核化について果たして進展があったであろうか。共同声明とそれに続いたトランプの記者会見を見る限り、期待は萎み落胆と失望に変わったのではないであろうか。記者会見での大統領の答弁には米国の最高指導者として果たして相応しいか困惑させる場面が幾つも散見された。想起されるのはトランプが3月10日に「私はすばやく立ち去るかもしれないし、あるいは対話の席に着いて世界にとって最も素晴らしい取引ができるかもしれない」と言い放った言葉である。今回の共同声明に盛り込まれた中身が果たして「最も素晴らしい取引」であったであろうか。過去のクリントン、ブッシュ、オバマの各政権が北朝鮮に欺かれた経緯を事ある度に述べ、自らの政権はそうはならないと力説しておきながら、以下に述べる通り抽象的で具体性を欠いた内容の共同声明と記者会見で幕引きしたことは落胆と失望を募らせる。そうした共同声明や記者会見は事前のトランプの大言壮語からは想定できなかったことである。
生中継された米朝首脳会談を伝える映像は政治ショーの域を出なかった印象を与えた。4月27日の金正恩と文在演の南北首脳会談も政治ショーであったが、その後に天王山と言うべき米朝首脳会談に襷をつなぐという意味で、政治ショーに止まったのは仕方がなかったかもしれない。これに対し、米朝首脳会談の後に他の首脳会談はないことを勘案すると、トランプは金正恩から最低限の譲歩を引き出さなければならなかったはずである。しかも首脳会談直前のトランプの強気の発言を踏まえると、米朝首脳会談での共同声明と記者会見はまさしく竜頭蛇尾の結末に終わったとの印象を与えた。この間のトランプの言動からは今後の米国内の政治日程に合わせ政治的な成果をあげるべく形振り構わず奔走した感を覚える。何故、米朝首脳会談は竜頭蛇尾とも言える結末になってしまったのか、検討する必要があろう。共同声明は抽象的かつ曖昧な文言に溢れ、具体的な措置に乏しい内容であった。この程度の内容では2005年9月の6ヵ国協議において採択された、共同声明よりも後ずさりした印象を与えた。6月12日の共同声明は事前の期待をはるかに裏切る内容であったとの厳しい批判を免れないであろう。
共同声明で特に奇異に映ったのは「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(Complete, Verifiable, and Irreversible Denuclearization, or CVID)」について言及がなかったことである。トランプ政権は核兵器を含めすべての大量破壊兵器とあらゆる射程の弾道ミサイルを完全に検証可能な形で不可逆的に廃棄させることを金正恩指導部に要求してきた。首脳会談の数日前にはポンペオ国務長官が政権にとって譲れない点としてCVIDを力説していた。そのCVIDはどこに行ってしまったのであろうか。共同声明には、「・・板門店宣言にのっとって、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて取り組む」との表現が盛り込まれた。この「完全な非核化」という語句はCVIDからVに当たる「検証可能」とIに当たる「不可逆的」という政権が拘ったはずのキイワードが抜け落ちてしまったことを物語る。このことは「完全な非核化」という語句で妥結したのか、それとも今後CVIDに向けて詰めることを意味するのか釈然としない。
非核化の完遂の時期・期限の明示、非核化の対象と範囲の明示、検証措置の明示など非核化の核心的事項について共同声明には一切言及されなかった。ましてや非核化に向けた工程表について何ら触れられなかった。加えて、ICBM(大陸間弾道ミサイル)を初めとする弾道ミサイルについては全く言及がなかった。非核化の方式で双方の主張が食い違っていたが、実質的に金正恩が唱えてきた「段階的で同時並行的な措置」にトランプが同意したかのような印象を受ける。このことは6月13日に北朝鮮国営メディアの『朝鮮中央通信』が米朝首脳会談において金正恩が同方式を力説したと公言したことに表れた。他方、共同声明に「トランプ大統領は北朝鮮に対して安全の保証を提供することを約束した」との文言が盛り込まれた。北朝鮮の非核化について何ら具体的な明示がないにもかかわらず、米国は見返りとして「安全の保証を提供することを約束した」という文言で、北朝鮮の体制保証を行うことを約束したのである。(つづく)
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