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2018-03-20 00:00
(連載1)米朝首脳会談に向けた落とし穴
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
非核化の意思表示、核実験の停止、弾道ミサイル発射の停止、米韓合同軍事演習の容認など、金正恩朝鮮労働党委員長が示唆したとされる「四つの譲歩」を評価し米朝首脳会談の開催をトランプ大統領は決断したとのことである。とは言え、こうした譲歩を鵜呑みにして金正恩が真摯に核を放棄すると考えることは、北朝鮮との間で行われた幾つかの取引で米政権が味わうことになった苦い経験に照らして見たとき希望的観測に過ぎないことが理解できよう。首脳会談の開催をトランプから引き出すための譲歩であることを踏まえ、これらの譲歩を通じ金正恩指導部が狂奔を続ける核・ミサイル開発に実際に楔を打つことができるかどうかを考察する必要があろう。これまで北朝鮮の非核化をトランプが米朝対話の前提条件に据えてきたことから、金正恩が米朝対話を実現する誘い水として非核化の意思表示を持ち出したことは理解できよう。とは言え、金正恩の示唆した非核化の意思表示とは何か。金正恩はあくまで非核化の意思があることをほのめかしているのであり、非核化を真摯に行うとは言及していないとみられる。
このことは「すべての核兵器開発計画を放棄する」としばしば表現されるところの非核化に向けた果てしなく続く長い道のりの入り口を立つことを金正恩が示唆しただけであると捉えることができよう。実際に金正恩が非核化に真摯に応じる可能性は限りなく小さいとトランプは考えているようにみえる。このことは過去の米政権が関与と頓挫を繰り返したことを踏まえたとき明白である。1990年代初めに金日成が非核化の意思表示を繰り返し行ったのに応じる形で、クリントン政権が米朝高官協議を開催し紆余曲折の末に1994年10月に米朝枠組み合意を成立させた。その合意とは、北朝鮮が寧辺(ニョンビョン)においてそれまでプルトニウム開発計画を推進していた問題の核関連施設を凍結し2003年までに核関連施設を解体すると共に核燃料棒を廃棄する一方、それまでの間のつなぎ燃料として毎年50万トンの重油を供給すると共に2003年までに2基の軽水炉(寧辺の黒鉛炉と異なり減速材に軽水を使用する原子炉)を米国は見返りとして提供する内容であった。その後、米朝枠組み合意に従い寧辺の核関連施設が凍結された一方、米国が重油を提供し続けたことにより同合意はなんとか履行されていた感があった。
ところが、90年代後半に金正日指導部は閉鎖された核関連施設とは別の極秘施設において高濃縮ウラン開発計画を推進していたと目される。これに対し、同計画が進められていることに危惧の念を抱いたブッシュ政権が2002年秋に同計画の存在を暴露したことにより、米朝枠組み合意は破綻を余儀なくされた。しかし今度はこれに激怒した金正日指導部が2002年12月に寧辺での核関連活動を再開しNPT(核拡散防止条約)を脱退すると、危機感を持ったブッシュは六ヵ国協議の開催を決断した。2003年8月に始まった同協議では2005年9月に「共同声明」、2007年2月に「共同声明の実施のための初期段階の措置」、同年10月に「共同声明の実施のための第二段階の措置」など幾つかの合意が成立したが、合意の履行は不十分なまま2008年12月までに同協議は事実上、頓挫するに至った。その後、2012年2月にはオバマ政権が発足したばかりの金正恩指導部との間で米朝食糧・凍結合意を成立させた。同合意には、北朝鮮が核実験、長距離弾道ミサイル発射実験、寧辺の核関連施設でのウラン濃縮活動を凍結する一方、米国は見返りとして24万トン相当の食糧を提供する内容が盛り込まれた。
ところが、合意成立からわずか二ヵ月後に金正恩指導部が人工衛星打上げを偽装した長距離弾道ミサイル発射実験を強行するに至り、これに怒ったオバマは米朝食糧・凍結合意を反故にしたという経緯がある。このようにクリントン、ブッシュ、オバマの三代にわたる米政権は多かれ少なかれ北朝鮮に対する関与政策を続けたものの、米政権の狙いは外れ続けた。この間、北朝鮮にいいように米国が振り回されたとの感がある。こうした歴代の米政権による関与は明白な失敗であったとトランプの目に焼き付いている。かつての政権の轍を踏まないために、首脳会談を開きその席で非核化を示唆する金正恩の真意を確かめたいというのがトランプの問題意識であろう。核実験の停止や弾道ミサイルの発射の停止という譲歩にしても幾つもの落とし穴があろう。金正恩は核実験や弾道ミサイルの発射を一定期間、停止すると示唆しているのであり、今後実験を二度と行わないと発言しているわけではない。しかもこれまで6回に及ぶ核実験を通じ爆発威力の増大と「弾頭小型化」に向けた技術は着実に前進していると言えよう。(つづく)
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