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2018-03-15 00:00
(連載1)金正恩の「四つの譲歩」を考える
斎藤 直樹
山梨県立大学教授
金正恩朝鮮労働党委員長が2018年元旦の「新年の辞」においてピョンチャン・オリンピックへの参加の意思を表明して以降、それまで軍事衝突に向けて突き進んでいた感のあった朝鮮半島情勢がにわかに緩和に向けて動き出した感がある。1月7日に南北対話が始まり、オリンピック開催式に金正恩の実妹の金与正(キム・ヨジョン)が出席し文在演大統領と会談を行った。これを受ける格好で、韓国特使が訪朝すると金正恩から予想を超える歓待を受けた。これを受け、3月6日に文在演は金正恩との南北首脳会談を4月末に開催すると発表した。続いて訪米した韓国特使との会談を踏まえ、トランプ大統領が5月までの米朝首脳会談の開催を即断するに及んだのは周知の通りである。ポンペオCIA長官はトランプが米朝首脳会談の開催を決断した背景に、「四つの譲歩」を金正恩が示唆したことを評価したと3月11日に明らかにした。ポンペオによると、金正恩の示唆した「四つの譲歩」とは、(1)非核化の意思表示、(2)核実験の停止、(3)弾道ミサイル発射の停止、(4)米韓合同軍事演習の容認などである。
自国を「責任ある核保有国」や「核強国」であると事ある度に吹聴してきた金正恩のこれまでの強硬一辺倒な姿勢を踏まえると、「四つの譲歩」からは意外な印象を受けざるをえない。非核化の意思表示を行っただけでなく、米国本土にも脅威を与えうる核及びミサイル実験を停止することに加え、北朝鮮に多大な脅威を喚起する米韓合同軍事演習を容認するというのはにわかに信じがたい譲歩であると言えよう。額面通り受け取れば、トランプの日頃の持論を金正恩が受け入れたことになろう。このことは金正恩が白旗を掲げトランプの軍門に降ったことを意味するであろうか。金正恩が示唆したとされる「四つの譲歩」が真摯に実施されれば、北朝鮮による核の脅威は確実に低減するであろう。朝鮮半島での軍事衝突の危機は一先ず去るゆえに、望ましいことに違いない。とは言え、金正恩の「四つの譲歩」を鵜呑みにすることはできようか。金正恩が「四つの譲歩」を示唆した背景には何があるのか探る必要があろう。
2017年の展開は金正恩指導部が対米ICBMの完成を通じた対米核攻撃能力の獲得に向け狂奔を続けた一方、そうはさせじと対北朝鮮経済制裁による圧力強化と軍事的選択肢の発動に向けた準備にトランプ政権が邁進したことに標される通り、米朝双方が激しく鬩ぎ合った一年であった。その結果、対米ICBMの完成に向けて大きな進展があった一方で、かつてないほど厳しい経済制裁により金正恩指導部は締め上げられる格好になった。すなわち、金正恩はトランプを追い込んでいるようであり、トランプに金正恩は追い込まれているようでもあった。金正恩が急遽、音を上げたかのように譲歩の意を表した背景に、対北朝鮮経済制裁が殊の外、効き始めていることがあることは間違いないであろう。2017年を通じ習近平指導部はトランプの要求を受け入れるかのように、北朝鮮に対する経済制裁を盛り込んだ国連安保理事会決議の採択で毎回のように支持に回り、決議が矢継ぎ早に採択された。
この結果、北朝鮮の主要輸出品である石炭、鉄・鉄鉱石、海産物などの輸出が全面禁止となった。他方、主要輸入品である油類の内、原油は例年通りに供給される反面、ガソリンや軽油といった石油精製品の9割近くが削減されることになった。こうした厳しい経済制裁が発動されることは金正恩にとって想定外の展開であったに違いない。その意味で、トランプによる経済制裁に重きを置く圧力路線は着実に効果をあげている。習近平指導部としても決議に従い経済制裁の履行を怠ることがあれば、トランプに矛先を向けられセカンダリー・ボイコットとして経済制裁対象となりかねないこともあり、対北朝鮮経済制裁の履行に前向きである。長期にわたって北朝鮮の体制と経済を中国が背後から支えてきたことを踏まえるとき、かつてなかったことである。中国が安保理事会決議に従い経済制裁を真摯に履行することがあれば、遠からず北朝鮮経済が干上がりかねないことが予想される。主要輸出品の輸出や海外への労働者派遣が禁止され、外貨が一向に入らなくなるだけでなく、国家の生命線とも言える石油の入手がままならなくなるという事態が起こりつつあるのである。(つづく)
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