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2016-05-09 00:00
民意による「解釈改憲」の法理
加藤 成一
元弁護士
歴代自民党政府によって、「解釈改憲」が積み重ねられてきた結果、どの世論調査を見ても、国民の多くは、今直ちに憲法9条の文言を改正しなくても、特段の不都合を感じておらず、中国や北朝鮮の脅威があっても、9条改正にはなお反対意見が多いようである。それは、逆に言えば、「解釈改憲」によって、「非武装」を定めた憲法9条の文言そのものが「空洞化」あるいは「死文化」して、最早法規範性を喪失し、法的拘束力を持たなくなったからであろう。
その主たる原因は、「非武装国家日本」を永続させたかったアメリカ占領軍の意図に基づくあまりにも厳格な改憲手続き(憲法96条)のためであり、憲法96条が憲法9条を事実上「空洞化」「死文化」させたとも言える。さらに、法理論的に言えば、憲法9条は、憲法前文を含め、もともと敗戦により、近隣諸国や世界に向けたマニフェスト(平和的宣言)ないしはメッセージとしての性質を有し、且つ、あまりにも非現実的、理想主義的であるが故に、実定法としての法規範性は乏しいとも解釈できよう。
このように、国政選挙等を通じて表明された国民多数の民意(自衛隊や日米安保の支持率はつねに80%を超える)の支持が、政府による「解釈改憲」を可能にし、後押ししてきたのであり、むしろ、憲法9条の文言にも拘らず、国民多数の世論は「解釈改憲」による自衛隊や日米安保などの合憲性の確認を政府に求めた、とも言えよう。
その意味では、「解釈改憲」は国民自身の要求ないし支持に基づく「解釈改憲」なのであって、それが政治権力を縛るべきはずの本来の「立憲主義」に反するとは、必ずしも言えないであろう。憲法9条の明文改憲が事実上極めて困難だとすれば、「解釈改憲」によって今や「空洞化」「死文化」して、法規範性を喪失し、法的拘束力を持たなくなった憲法9条の真意を確認することこそが、重要であると言わなければならないだろう。いわば憲法を超えた、「自分の国は自分で守る」という国民の確固とした覚悟や強靭な意志こそが、これからの日本では最も重要であり、そのことがまた、将来、憲法9条の明文改憲への道を切り開くことにもつながるであろう。
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