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2007-01-01 00:00
アジア通貨危機から10年と「タイ・ショック」
村上正泰
日本国際フォーラム主任研究員
昨年12月18日、タイ中央銀行は、流入する短期資本の30%を無利子の準備金として外貨のまま預託することを義務づけ、1年以内に引き出す場合にはその3分の1を没収するといった資本流入規制を発表した。財・サービスの貿易取引や居住者による海外投資の利益送金、直接投資は対象から除外されており、あくまで投機的な為替取引の抑制を意図した措置であるが、予想外の措置にマーケットは動揺し、翌19日にタイ株式市場は一時取引が停止され、終値ベースで前日比約15%という過去最大の下落幅を記録した。こうした事態を受けて、一部には10年前のアジア通貨危機の再来かという声もささやかれたが、株式投資を対象外とするという規制の一部緩和を発表したことで20日には株式相場も大幅反発し、とりあえず沈静化した。
ここで留意しておくべきは、現在の状況は10年前とは大きく異なっており、アジア通貨危機の再来という議論はただちには当てはまらないということである。アジア全体では貯蓄超過の状況にあり、ネットベースで見て海外に資本を供給する側であることから、資本流入を必要としておらず、外貨準備もかなり積み上がっている。また、そもそも今回の措置は行き過ぎた自国通貨高を抑制するためのものである。このように10年前とは正反対の状況にあることはマーケットにおいてもかなり認識されていたようである。
資本規制についてはエコノミストの間でも賛否両論さまざまであるが、何故タイはこうした措置を講じたのであろうか。タイにおいては、資本流入に伴いバーツが急激に上昇しており、昨年1年間で15%以上もバーツ高が進んでいる。自国通貨高は輸出を減少させ、対外収支を悪化させかねない。そこで為替介入を実施するのであるが、その結果としてマネーサプライが増加し、国内経済を過熱させる危険性がある。さりとて、不胎化介入を行ったところで、金利が高止まりしてますます資本流入が続き、悪循環に陥る。こうしたジレンマの中で、為替相場の行き過ぎを是正するためには、投機的な資本流入を規制するということに一定の合理性があり、資本流入規制で成功した国もある。
ただし、一般論としていえば、資本規制は一時的措置として講じられるべきものであり、長期的に見ればプルーデンス規制の強化や国内金融システムの健全性の確保に努めていくことが望ましい。資本規制がある程度の時間稼ぎになるとしても、決して金融システムが未整備であることの代替策として用いるべきではない。また、金融技術の発達した現在においては、規制をかけてもすぐに多くの抜け穴が作られことから、規制の効果はかならずしも保障できるものではない。
今回のタイの資本流入規制については、タイ国内からも「拙速だ」との批判が出ているように、金融市場への影響などを過小評価していた可能性が高い。また、バーツ高が進んでいるとはいえ、輸出全体は増加しており、特定産業に対する政治的配慮との指摘もある。昨年9月のクーデター以降、不透明感が払拭できない政治環境下にあって、今回の措置によってマーケットのセンチメントが悪化し、当局に対するクレディビリティが大きく傷ついた格好である。たとえ経済全体のファンダメンタルズが良好であっても、マーケットはセンチメントの変化によって大きく左右される。今後の推移を注意深く見守っていく必要があろう。
いずれにしても、上述のようなタイを取り巻く金融経済環境は、他のアジア諸国にも共通するジレンマである。アジア通貨危機以降の過去10年間、我々は地域金融協力を大きく進展させてきた。しかしながら、それによって問題がまったく消滅した訳ではなく、今後とも何らかの形での危機の可能性は否定できない。今年はちょうどアジア通貨危機の発生から10年である。地域金融協力を一層前進させていく良い機会ではないだろうか。
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