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2016-02-09 00:00
チェンバレンを想起させる中国の対北融和策
杉浦 正章
政治評論家
テレビで北朝鮮専門家が「ニューヨーク、ワシントンが危険にさらされることが現実のものとなった。米国の核の傘は破れ傘になった」と最大級の「誤報」をしていたが、冷静に状況を見た方が良い。北が核ミサイルを戦略兵器に成長させる再突入技術確立までには、まだ年月がかかる。問題は確定的に第1書記・金正恩が過去に登場した狂気の独裁者の兆候を示していることである。「金正恩の行動が読めない」と述べる専門家や外交官が多いが、世界制覇の妄想に取りつかれたヒトラーやスターリンに思考をめぐらすべきだ。とりわけ側近を次々に粛正する残虐性はスターリンに、誇大妄想性はヒトラーと類似している。誇大妄想性と、はヒトラーの世界制覇の野望のごとく、核ミサイル技術を確立して、朝鮮半島を制覇し、自らの手に極東の覇権を握ろうとする1点に絞られる。こうした独裁者に対処するために人類が得た教訓は「融和政策」では台頭を抑えられないということだ。
チャーチルは著書「第2次大戦回顧録」の中で、「大戦は防ぐことが出来た。融和策でなく、早い段階でヒトラーをたたきつぶしていれば、その後のホロコーストはなかった」と述べ、首相・チェンバレンによる融和策を批判している。ヒトラーは、ヴェルサイユ条約を一方的に破棄して再軍備と徴兵制の復活を発表、ラインラント進駐、オーストリアの併合を経て、チェコスロバキアの要衝ズデーテン地方を要求するに到った。イギリス・フランス・ドイツ・イタリア4カ国の首脳会議がミュンヘンで行われたが、ここでチェンバレンは、平和主義のためと、戦争準備の不足からドイツの要求をのんだ。この融和主義がヒトラーを増長させて、世紀の化け物にまで成長させたのだ。
一方金正恩は手法こそ違え、そのやり口は酷似している。まだ領土こそ拡張しようとしないが、領土拡張の代わりに、ごうごうたる世界の世論を無視して、核実験とミサイル実験を繰り返し、その軍国主義独裁路線はとどまるところを知らない。目指すところは簡単だ。北による朝鮮半島の統一だ。そのシナリオはワシントン、ニューヨークに届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を完成させ、核によるどう喝で米国を屈服させ、自らの力によって朝鮮半島の統一を実現する。核戦争で米国が負けるという妄想の上に、米国を手出しが出来ないようにして、韓国を併合するというものだ。このために北は弾道ミサイル技術を磨き、その実現の核となる大気圏再突入のノウハウを実現しようとしているのが現状だ。現在宇宙空間で地球を周回している人工衛星めいた物体は、その第一段階である。現在の北の技術では再突入させれば核弾頭は燃え尽きて実用にならないと見られており、米東海岸の都市を狙うには再突入させる誘導技術も不可欠だ。愚かなのは、米国が発射を手をこまねいて見ているわけがないことに、金正恩の考えが到らないことだ。米国は事前の発射基地攻撃はもとより、発射された場合は第一撃をかわして、北には核兵器による報復が行われ、国家が消滅することを理解していない。
こうしたいわば狂気の金正恩路線を抑制するために、最大の障害となっているのが、中国の融和政策である。北が度重なる国連の制裁にもかかわらず、依然核の火遊びに専念できるのは、制裁の裏で石油だろうが食物だろうが国境の鴨緑江にかかる唯一の鉄橋から、“横流し”が白昼堂々と行われているからだ。物資を運ぶ貨物列車やトラックがひっきりなしに行き来しており、北は痛痒を感じないケースがほとんどだった。近くこの橋がもう一つ完成する。中国南東部丹東から鴨緑江を渡るもので、物資の交流はますます増大傾向をたどる。今回も中国は北への制裁に極めて慎重である。核実験に対する国連の制裁ですら一か月たっても何ら進展しない。米国連大使パワーが「国際社会の強力な対応がなければ、北朝鮮は今後緊張を高め続ける一方だ」「中国は強力で前例のない措置を国連が採択する必要を理解すべきだ」と中国を非難するのも無理はない。最大のネックは中国の極東戦略にある。中国はいわば北を極東における「米中代理冷戦」の急先鋒として“活用”しようとしているのだ。朝鮮半島を軸に対峙する日米韓3国への緩衝材として利用するという姿勢であろう。中国は38度線における対峙が鴨緑江にまで後退して米国との直接対峙になることを戦略上何としてでも回避したいのである。また北への物資をストップさせれば、北が暴発して第2次朝鮮戦争へと発展することへの危惧もある。北のミサイルが北京や上海に向かわない限り、代理冷戦がなり立つのである。
しかし、この姿勢は極東全体を見ればすぐに破たんする。前述したように金正恩は北の手で朝鮮半島を統一し、核ミサイルのどう喝により極東の覇権を握りたいのである。したがって核ミサイル完成の暁には、中国も当然どう喝の対象に含まれるのだ。中国がチェンバレンのような融和政策をとり続ければ、刈り上げ頭の独裁者は間違いなく増長して、ヒットラーやスターリンを掛け合わせたような化け物に成長する。要するに、国際社会は金正恩をテロリストに対するのと同様の対応をしなければ、独裁者の思い上がりを食い止めることが難しいのだ。したがって、中国が検討しているといわれる独自制裁もどの程度効力があるか疑わしい。さらに中国にとって重要な外交上の失策は、北のミサイル発射が、韓国を日米側に追いやったことだ。中国が反対して、朴槿恵が導入を躊躇していた米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「終末高高度防衛ミサイル(THAAD)」の導入を韓国政府が発表したからだ。中国政府の慌てぶりは、直ちに韓国の駐中国大使を呼び出し抗議したことからもうかがえる。核実験とミサイル発射は日本国内の安保法制反対論者の顔色をなからしめた。法制実現に当たって、首相・安倍晋三が集団的自衛権を行使して米国領土に向かうミサイル撃墜の役割を担う必要を強調した路線の正しさが立証されたからだ。野党は安保法制反対をぶり返そうとしているが、極東の実態を見て見ない振りをしても、国民の賛同はますます得られなくなるだろう。
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