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2006-12-08 00:00
共同体とアイデンティティ
滝田 賢治
中央大学法学部教授
共同体構築にはidentity(アイデンティティ)、interest(利益)、institution(制度)などが不可欠の要素であるとしばしば強調される。10月5日付けの私の投稿「東アジア共同体のインプリケーション」でも強調したように、共同体という言葉を当面使用しながらも実際には機能的な国際協調のレジームの重層的な束を指しうる場合もあるし、伝統的なゲマインシャフト的意味合いで使用することも可能であろう。前者の場合は勿論のこと、後者の場合でも果たしてアイデンティティの形成が第1の条件となるのであろうか。2005年1月中旬、筆者の大学で主催した国際シンポジウムでハーバード大学の入江昭教授は、共同体建設にはまずアイデンティティの形成がきわめて重要であることを強調したが、果たして本当であろうか。
筆者の下で研究を続け3年前に博士号を授与されて中国に帰国し、母校の教壇に立っている朝鮮族の中国人研究者との会話が印象的であった。中国東北地方で生まれ育ち、北京の大学院修士課程を終了して小生の大学の博士課程に入った彼は、北京にいる時は自分が朝鮮族であるということをしばしば強烈に意識せざるを得なかったが、いま日本に来ていると中国人であるという意識の方が強いといったのである。では時々リサーチにいく韓国ではどうかと訪ねたところ、彼は考え込んでしまった。そして徐々に、非常に複雑な気持ちですと答えたのであった。親しみをもって迎えられるべき韓国で、差別感を持つこともしばしばであったからであった。
10年以上前、ワシントンDCに2年間滞在していた時もスペイン出身の大学院生から同じような印象を聞いたことがある。アンダルシア出身のその院生は、マドリッドの大学・大学院に通っていた時は、絶えず自分の故郷を意識せざるをえなかったが、パリやロンドンにいる時はやはりスペイン人であることを意識したというのである。では今ワシントンにいてどんな意識のあり方かと問うと、必ずしもヨーロッパ人というのではないけれども確かにヨーロッパから来ている人間であるという感覚が強いと答えたのである。
少々出来すぎたもっともらしい話かもしれないが、東アジア共同体について考える時、この2人との話が思い出されてならない。心理学者でないのでアイデンティティの構造はよく分からないが、どうも単一の、単純なものではないようである。自分が自分であるという感覚・意識、「それ」によって自分の気持ちが安定し、安らかになる条件は、自分の今置かれている物理的条件によって変化するもののようである。アイデンティティはいわば多面体ともいえるし、パーキング・タワーのようにAという場面ではXという自己認識の基盤が、Bという場面ではYが出てくるのではないか。かりにこの仮説が正しいとするなら、最初から「東アジア人」としてのアイデンティティなるものが広範に形成されなければ東アジア共同体建設に向けて共通の利益感覚も生まれないし、それを担保する制度も構築されないと言うものではないということになる。
東アジア地域の広い意味での安全保障――それは「人間の安全保障」と言ってもいいかもしれないが――をより強める機能的な分野で「可能な所、可能な事」から国際協力を始め、それを推進していく過程で相互信頼が形成され、東アジア人としてのアイデンティティが徐々に形成されていくことは十分期待できることであろう。日本人としてのアイデンティティを持ちつつ、東アジア人としてのアイデンティティも併せ持つことはありうることである。さらには海外青年協力隊隊員としてアフリカで働いている日本人は、日本人であることをあまり意識せず生活しているかもしれない。地球人としての意識を強烈に意識しているのではないけれども。マザーテレサは別に地球人としての意識よりも、神に仕える者として使命感に支えられながらも、極めて単純に「人間」としての意識あるいはアイデンティティから、その人生を自分の故郷を遠く離れた土地に捧げたのであろう。日本人が日本人としての、中国人が中国人としての、韓国人が韓国人としてのアイデンティティのみをもって、それを相互に強調しあうことは不可避的なことではないのである。
一挙に地球人としてのアイデンティティを持つことは難しいにしても、東アジア地域の人々が安心(securite)して暮らせる条件を作りだすために共同行動をとるプロセスで、東アジアの人間であるというアイデンティティは生まれてくるものであろう。東アジア共同体の実現に何らかの形で関わるものはそう確信すべきであろう。
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