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2014-08-01 00:00
人間のもつ善性を呼び覚ませ
近藤 誠一
前文化庁長官
国際政治理論の中に、democratic peace論というのがある。「民主主義国は戦争をしない」というものだ。戦争の被害に最も敏感な国民が政策決定に関与する民主主義の下では、国際紛争は合理的・平和的に処理され、戦争は起こらない。しかし民主主義が地球上に広がったいま、何故戦争(防衛や民族自決という名の下で)が跡を絶たないのか。中東や東欧の問題はもちろん、自他ともに民主主義国を任ずる英国はフォークランド紛争で武力に訴え、米国はイラクへの武力介入を起こした。これらは国民の圧倒的支持を得た。民主主義には戦争を阻止する力がないのだろうか。
否である。これらの戦争は、民主主義という制度に欠陥があるからではなく、それが本来の機能を果たしていないから起こった。民主主義を担う政党が党利党略や人気取りに走り、国民が狭量なナショナリズムに燃えるとき、あるいは自己の利益ばかり追求して社会に無関心になったとき、民主主義国も戦争は起こす。ナチが民主的に選ばれた政党であったことは、ドラッカーの『傍観者の時代』、フロムの『自由からの逃走』を引用するまでもない。戦争だけではない。今日世界が直面している諸問題――相次ぐ金融危機、テロ、温暖化、貧困など――はいずれも民主主義や市場経済が正しく機能せず、その下で政党、企業、メディア、個人のだれもが短期的私欲を追求しているから起こっている。
人には善性と悪性がある。いかに善性を前面に出し、悪性を抑えることができるかが文明のレベルを決める。しかしいまや民主主義や市場経済主義という制度の下で、誰もが短期的利益を最優先するという悪性が表面化している。グローバル競争の激化がそれを煽り、社会がそれを許容している。自由に伴うべき責任と公共心が忘れられた結果、折角人類が長い試行錯誤の歴史の中で、多くの血を流してつくりあげてきた制度を使いこなせていない。
善性を回復し、「徳」のある政治や経済運営を取り戻そうといっても、青臭い書生論として片づけられてしまうかもしれない。しかしそれ以外に解決策はない。そしてそれは中国のこれからを考える上で重要な側面でもある。なぜなら、いま中国は世界の政治・経済軍事大国になることで、アヘン戦争以来の屈辱の歴史からの名誉回復に燃えている。その進む方向には、20世紀欧米型の軍事・経済力による世界のヘゲモニーの追求と、それへの反省に基づく、昔の中国が目指した「徳」のある大国の2つの選択肢がある。いま日本のある企業人の中国での講演のテーマが企業経営でなく「徳」であり、それを聴いた中国人が感動し、日本を見直しているということを最近耳にした。これが事実なら、徳を説くことの意味は十分あるのでないだろうか。誰の心にも残っている善性を呼び覚まそう。
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