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2014-01-28 00:00
滑舌の徒籾井に、公共放送トップは無理だ
杉浦 正章
政治評論家
論語に「一言を持って知と為し、一言を持って不知と為す」がある。一言だけで智者とも愚者とも見られることを言う。その愚者の典型を見せたのが、NHK新会長・籾井勝人による慰安婦発言だ。「慰安婦は戦争地域ではどこでもあった」と言っている内容は至極妥当だが、愚者とみられるのは、言うべき場所と時をわきまえていないからだ。前会長の左傾化路線に懲りた首相・安倍晋三は、羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹き、職員数1万人余の世界的大報道機関のトップとしてもっとも不適格な人物を据えてしまった。だいたい自分の発言を後から「個人的意見としても言うべきではなかった。非常に不適当だったと思う」などと弁明するなら、最初から言うべきではなかった。国論を割るような発言内容は、これを支持する層と反発する層にくっきり分けられる。発言直後は「よく言った」という層が、弁明で置いてけぼりをくらい、怒りを発言者に向けるからだ。したがって籾井は、就任早々味方がいなくなったことになる。
発言内容は(1)慰安婦そのものが良いか悪いかと言われれば、今のモラルでは悪い、(2)従軍慰安婦が韓国だけにあって、他になかったという証拠があるか、ドイツにもフランスにもあった、(3)韓国が、日本だけが強制連行をしたみたいなことを言って、お金寄越せと言っているわけで、そういうことは全て、日韓条約で国際的には解決している、ということで至極もっともだ。しかし、これを仮にも公共放送のトップが記者会見でしゃべるとどうなるか、ということくらい分からないようでは、まさにその資格がないと言うしかない。籾井は当然、記者会見の有様(ありよう)くらいは事前に聞いておくべきだった。プロ中のプロがいっぱいいるNHKで、事前打ち合わせで慰安婦問題などへの対応がなかったことは驚きに値する。左傾化メディアが虎視眈々と、不慣れな会長の失言を狙い撃ちにするだろう、くらいのことは常識である。放送用語で滑らかにしゃべることを滑舌(かつぜつ)と言うが、その滑舌だけで生きてきたような人物に、思ったことをしゃべらせるとどうなるか、くらいは幹部には分かっていたはずだ。記者会見で籾井は完全にはめられたのだ。周りが注意しないのはNHKに籾井人事に対するある種の“構え”があったことを意味する。素人の籾井にしゃべらせておけばつぶれるという「深謀遠慮」かもしれない。
確かにNHKの左傾化は目に余るものがあったし、現在もある。原発問題では夜を日に継いで再稼働に批判的な論調を展開し、放射能汚染問題でも煽りにあおって、避難者の数を増大させた。公共放送の役割としては、本来なら専門家の声を取り上げて、一部地域を除けば放射能汚染の危険性がないことを報道し、民心を落ち着かせるべきであったはずだ。が、実際には、逆コースを走った。特定秘密保護法案の成立の過程においても、批判的論調を繰り返した。衆院を通過した11月26日午後7時のニュースはあまりにもひどすぎた。国民の反響は反対論しか報道しないのだ。まさに公共放送の不偏不党が問われる問題であった。安倍内閣が課題とする集団的自衛権の行使問題についても論調は反対だ。日曜討論の司会をする解説委員の島田敏男は、公平なようで、実は一定の思惑をもとにリードする不公平さが目立つようになった。島田は新年の解説番組「持論公論」でも集団的自衛権問題を論評し、そのマイナス要因を列挙した上で「日本側から東アジアの安定にくさびを打つことにならないように、集団的自衛権の行使をめぐる憲法解釈の見直しは、慎重に議論を重ね、急ぐべきではない」と反対の立場を明らかにしている。1月26日の討論でもその傾向が感じられたが、その上に普天間移設に関して「丁寧さに欠けている」と発言、自民党幹事長・石破茂が「そんなことはない」と、色をなして反論する場面が多出した。
こうした傾向は公共放送としてあるべき姿を明らかに逸脱しているが、ある種の“伏魔殿”の様相を呈するNHKの会長の座に、あっけらかんとした滑舌の徒が座ったのでは、ことは深刻だ。報道機関のトップは世論を分断する問題を偏向から正常軌道に乗せようと思ったら、発言よりも、ボディランゲージで時々示せばよい。NHKは一種の記者官僚が多く、徹底した反骨の記者精神を持った者などいない。したがって、直接的に言わなくても、態度や人事でじわじわ締めてゆくのが正解なのだ。謀(はかりごと)は密なるを持ってよしとする機構なのだ。トップの胆力とか、社内政治力が問われるポジションである。それを馬鹿が戦車で走るような発言で突撃したかと思うと、すぐに取り消しだ。最初から手の内を全て見せてしまっては、ポーカーには勝てない。今後国会に呼ばれて、左傾化民主党や共産党が舌なめずりするような発言を繰り返しては、いずれは政府も面倒を見切れないということになる。安倍や官房長官・菅義偉が裏では苦虫をかみ締めている様子が見なくても分かる。早々にマスコミのトップには適さないと悟り、自ら辞任するのが一番の解決策かも知れない。安倍も予算案の成立を遅らせてまで固執する人事ではあるまい。
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