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2013-03-23 00:00
(連載)平和大国のイメージが日本のソフトパワーである(2)
加藤 朗
桜美林大学教授
改憲派も護憲派も、原理主義的な空理空論の議論ばかりである。憲法を改正しなければ日本を守れない、他方憲法を改悪すればすぐにでも戦争が起きるなどいずれも、現実を無視した議論である。こうした情緒的な議論が交わされること自体、実は憲法九条が現実の日本の安全保障とは無関係であることの証拠である。
字義通りに九条を解釈するなら自衛隊が違憲の存在であることは明明白白である。しかし戦後の民意は憲法九条の解釈とは無関係に自衛隊の存在を黙認することで、憲法の理念と現実とを妥協させるという絶妙なバランスを維持し、しかも対外的には平和国家のブランドを築き上げてきたのである。今問われているのは憲法改正ではなく、このブランドをこれからもいかに育てるかである。
それには何よりも憲法九条を実践し、世界に平和大国のブランドを宣伝することである。それは護憲派の使命である。改憲派が非難するように、護憲派は憲法九条を守るために身命を賭したことなど一度たりともない。憲法を守るとは、改憲に反対するというネガティブな政治運動でもなければ、九条教のように読九や写九することでも、「窮状の歌」を歌い「九条ダンス」を踊ることでもない。九条の平和の理念を身命を賭して国内外で実践することである。皮肉にも自衛隊員 は自らを否定する憲法(constitution,国体)を守るために身命を賭すことを入隊時に宣誓させられる。護憲派も少なくとも自衛隊員と同じほどの覚悟をもって護憲を実践すべきであろう。
そのために憲法九条部隊を創設しよう。海外に派遣されている自衛隊PKO部隊に代わって、非武装の憲法九条部隊が紛争の調停、平和創設にあたるのである。さしあたりシリアに憲法九条部隊を送って、内戦を停止させる。多くの犠牲者が出るであろう。しかし、その犠牲者が多ければ多いほどいかに日本人が平和を希求しているかを全世界に知らせることができる。かつて内村鑑三は非戦の立場から日露戦争に反対した。その一方で彼はこう主張して出征する兵士に従容として死地に赴くように諭したのである。「戦争も、多くの非戦主義者の無残なる戦死をもってのみ、ついに廃止することのできるものである。可戦論者の戦死は、戦争廃止のためには何の役にもたたない」。(おわり)
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