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2012-08-02 00:00
行き詰まった虚業金融
田村 秀男
ジャーナリスト
現代金融とは、電子空間で創出されるマネーのやりとりのことである。そこは、神の手ではなく、強欲な人の手による操作が入り込むという重大な欠陥が明らかになった。それがLIBOR事件の本質である。それを防ぐ決め手がないとしたら、現代金融システムは崩壊せざるをえなくなる。事件の深淵はあまりにも深い。今、ロンドン発で世界を騒然とさせているのは五輪に非ず、「LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)」不正操作事件だ。この耳慣れない金融用語は世界の標準金利である。日本の円の基準金利はTIBOR(東京銀行間取引金利)と呼ばれるが、円のLIBORはTIBORと連動する。いずれとも銀行業界団体が銀行が自己申告する金利の平均値なので、談合すればどうでも動かせる。
LIBORやTIBORはわれわれのフトコロを直撃する。たとえば、2000万円の住宅ローンを借りている人は、金利が0・01%上がると、年間負担額が2000円増える。2000円は月にならすと、167円だから、たいしたことはないと思う向きもいるだろうが、銀行にとっては逆である。日本の国内銀行全体の住宅ローン貸し出し残高は110兆円程度で、0・01%金利を引き上げると110億円収益を増やせる。もともと、金融とは「チリも積もれば山となる」ビジネスで不正行為は絶え間がない。欧州では金貨や銀貨がお金の主役だった時代では、金銀貨を革袋のなかに入れて揺すって金銀の粉を袋に付着させ、かすめ取る金融業者が多かった。
グローバル金融全盛の現代では、デリバティブ(金融派生商品)が宇宙規模にまで膨張している。デリバティブとは、市場価格の変動により想定されるあらゆるリスクを仮想金融商品として仕立てたもので、コンピューター空間でいくらでも増殖する。2008年9月のリーマン・ショックはデリバティブで巨額の損失を出したリーマンなどの金融機関の経営破綻が引き金になった。銀行のデリバティブ契約規模は約650兆ドルに上る。このうち金利関連が500兆ドル以上で、円換算すると4京(兆の1万倍)円に上る。地球上で1万円札にして積み上げると月を通り越してしまう。金利が極めて微小、例えば0・01%変動するだけで、金融機関のデリバティブ取引は4兆円の利益または損失が発生する。米ゴールドマン・サックスを筆頭にデリバティブ部門収益が融資など本来の銀行業務の収益をしのぐ米欧の銀行もある。
そうみると、LIBOR不正操作の背景が見えてくる。ドルのLIBORの場合、18の銀行が申告し、このうち中間値に近い10行の平均値をとる。LIBORメンバーの銀行が申告値を実勢値よりも0・1%ごまかすとしよう。10行平均に直すと0・01%に薄まり、通常の変動範囲内に楽々とおさまり虚偽は発覚しにくい。容疑のように大手銀行複数が談合すれば、操作は完璧だ。金利が急激に変動すれば、巨額損失を出す大手金融機関が続出して金融恐慌につながると恐れるので、容疑のように中央銀行のイングランド銀行幹部が不正申告を教唆する事態もありうる。「監視」どころではない。LIBOR事件は壮大な虚業金融の行き詰まりを象徴しているのだ。
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