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2012-07-10 00:00
「解散」で野田が投げた絶妙な一球
杉浦 正章
政治評論家
「淺読み」するか「深読み」するかだが、ここは深読みすべきところだろう。首相・野田佳彦が解散の条件に赤字国債発行のための特例公債法案の成立を挙げたことだ。単純な淺読みをすれば解散へのハードルを上げたことになるが、深読みすれば党内と野党に向けて絶妙な球を投げたことになる。逆に解散をほのめかしつつ、国会運営を図ろうという姿勢だ。最近の野田の発言は考えに考え抜いたふしがあり、浅薄な読みでは「右だ」「左だ」と判断できない。自民党総裁・谷垣禎一の追及が手ぬるいとの見方も、電話会談での解散密約説と絡めてみれば、別の側面が浮いて出るのだ。7月10日の予算委は事実上の党首討論の様相だった。谷垣は持ち前の紳士的な性格を前面に出して、絶叫調の追及をしなかった。野田に対して「消費増税法案の党内とりまとめに苦労に苦労を重ねた努力に敬意を表したい」と持ち上げた。それだけにとどまらず、このところにわかに好戦的に転じた鳩山由紀夫ら民主党内反対派の動向について「後ろから鉄砲を撃っている」とこき下ろした。注目すべきは、45分の持ち時間を15分も余らして質問を閉じた点だ。
これらをとらえてマスコミは、朝日のように「谷垣氏しぼんだ追及」など“不発”ととらえている。しかし、センセーショナリズムが原点にあるマスコミの「期待」通りに物事が運んだら世話はない。確かに一見手ぬるいように見えるが、谷垣は「首相が十分な覚悟を持って臨む決意がなければ、わが党は参院に重大な決意をもって臨む」と、参院への問責決議案上程を示唆するなど、勘所は押さえている。要するに「“対話”を成立させた上での追及」に手法を変化させたのだ。これが意味するところは、いずれも「話し合い解散」に言及した2月の極秘会談、6月の電話極秘会談と続く接触を通じて、野田と谷垣の間には一種の信頼関係のようなものが醸成されていることになる。それが野党特有の金切り声を上げた追及に谷垣を至らしめなかったのだ。だから浅薄に見ると産経のように「度を越した“相思相愛” 早期解散片思い」という表現になる。
一方で野田は、谷垣の解散要求に対して「消費増税法案も大切だが、それ以外にも特例公債法案がある。やらねばならぬことをやり抜いた上で解散ということは、一つのテーマだけで申し上げているわけではない」と、これまでの表現を変えた。消費増税法案の成立にめどが立つ前は、あきらかに同法案だけを念頭に置いて「やり抜くことをやり抜いて信を問う」であった。それに特例公債法案を加えたのだ。これが意味するものは何か。二通りの考え方がある。一つは野田が解散先延ばしに出たという見方だ。党内は、野田への怒りが怨念に変わった鳩山が9日、小沢一郎と会談するなど緊迫の度合いを深めている。幹事長・輿石東は鳩山の6か月の党員資格停止処分を半分の3か月に値切るという醜態をさらす事態に追い込まれている。あと15人が離党すれば民主党は過半数割れとなり、政局は明日をも知れぬ状態となる。したがって、党内を懐柔するために野田は、「早期解散」への党内のいら立ちを沈静化させなければならないのだ。
一方で、それでは野党が納まらない。自民党は明らかに消費増税法案成立後は解散・総選挙目指してまっしぐらの路線だ。野田は玄人が分かる方向で球を投げる必要に迫られたのだ。それが「特例法案やり抜き」発言なのだ。野田の発言は、漠然としていた解散の条件を特例法案一本に絞ったものとと解釈できるのだ。谷垣にしてみれば、もともと特例法案を人質にとって解散に追い込もうとしているのだから、その人質を“解放”すれば解散を勝ち取れるという選択肢が出たことになる。したがって野田の発言はハードルを上げたのでも下げたのでもない。与党内と野党をにらんで絶妙な投球をしたことになるのだ。解散だけが野田のリーダーシップを維持できる伝家の宝刀であり、野田はそれをフル活用し始めたのだ。野田は谷垣には消費増税法案の衆院通過を図るに当たって、電話会談で解散をほのめかしたといわれており、これが話し合い解散密約説となっている。谷垣が質問のトーンをあえて下げたことを斟酌(しんしゃく)すれば、電話密約の存在がいよいよ浮かび上がることになる。いずれにせよ、野田はこの危機的政局を乗り切るためには解散カードをちらつかせたり、引っ込めたりするしかない。小沢・鳩山一派の揺さぶりと、野党の解散追い込み作戦が“佳境”に到達する8月中旬の修羅場を考えれば、今から「解散が遠のく」だの「解散断念」だのといった浅薄な判断を下せる状況にはない。「解散様」はゆめゆめおろそかに扱ってはいけないのだ。
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