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2012-02-07 00:00
(連載)北方領土における「共同経済活動」について (2)
袴田 茂樹
青山学院大学教授
ただ、最近の欧州におけるギリシャの財政危機に端を発したユーロ危機や欧州内の国対立はこれらポストモダニストの考えを完全に打ち砕いた。ドイツのフィッシャー元外相兼副首相(1998-2005)の言葉が象徴的だ。彼は若い頃左翼運動に深く関わり、1985年にはリベラルな「緑の党」から初めて閣僚になった人物だ。つまり、国家権力を真っ向から批判する活動やリベラル政党の大臣もしていた人物が、昨年11月に次のように述べたのだ。「危機の根本原因は、世界の通貨の中でユーロだけがそれを強固に守る国家権力を持っていないことにある。ユーロ圏は国家ではなく脆い構造物にすぎない。問題は共通の欧州国家をつくらなかったことで、現在の欧州危機はそこを直撃している」
冷戦後のリベラルな「ポストモダン主義」流行の雰囲気を知っている政治学者にとって、これはきわめてドラマチックな言葉だ。最近の欧州諸国の利害衝突やアラブ世界の政変、ロシアでの政治混乱、さらに東アジアの深刻な領土、領海紛争などを見ると、この世界では混乱、紛争、無秩序、アナーキーの要素が冷戦時代よりもむしろ強まっていると言わざるをえない。北方領土問題だけでなく、竹島、尖閣諸島、南沙諸島、西沙諸島など東シナ海、南シナ海で領土、領海問題が深刻化しているのも、中国やロシアが、極東で軍事力を大幅に強化しているのも、すべて主権問題が国際政治の正面に出てきたということであり、各国は主権の擁護に必死になっている、ということでもある。つまり、1世紀、2世紀のスパンで見ると、国際社会の現象面は大きく変わっても、国家間の対立とか主権のぶつかり合いといった国際関係の本質面は簡単には変わらない、ということだ。このシビアーな現実を直視して初めて、国内政治も国際政治も成り立つと私は考えている。主権問題こそが安全保障や外交の根本である。この問題を蔑ろにする国が、国際的にまともな国家として扱われる筈がないし、まともな外交や安全保障政策を実施できる筈もない。主権問題は、単なる経済的利害や領土問題でもなく、それを超えた「国家の本質的問題」なのである。ただ、日本においては戦後長年の間、国際社会では常識でもある国家とか国益という考えそのものが、「汚らわしい右翼的考え」と見られた。
この状況を踏まえて考えると、ロシアが共同経済活動を提案する意図はきわめて明瞭だ。ラブロフ外相は、北方領土における日本との共同経済活動は「ロシアの法的枠組みの中で」としっかりとクギを刺している。つまりロシアは国後や択捉の経済に強い関心をもっているのではなく、ましてや北海道の経済活性化に関心を向けているのでもなく、北方領土に対するロシアの主権を認めさせることに主眼があることは火を見るよりも明らかである。メドベージェフ大統領や主要閣僚が次々と北方領土を訪問したのも、あの小さな島の住民の生活向上にロシアの首脳が真剣になっているからではなく、ロシアの主権を国内外に断固として主張するためである。最近、島での軍事力を強化していることも、その証拠と言える。ロシアはそれだけ主権問題に真剣勝負で臨んでいるということでもある。この点では、主権問題に鈍感になっている日本人は、むしろロシアを見習うべきではなかろうか。
この視点から考えると、共同経済活動と言っても、可能なことはきわめて限られていると言わざるを得ない。日本の法的立場(主権)を害さない範囲で共同経済活動を行うとは、ロシアの法律の下では日本人は経済活動を行わないということであるから、実際にどのような活動が考えられるだろうか。ただ、主権問題をゆるがせにしないといっても、その結果特定の地域や人々だけが被害をこうむるという事態は許されないことである。国家の原則問題として主権問題を主張する以上、それによって一部の地域や人々が被害を受けるとすれば、国家はその損害を補償すべきだ。また、根室市などの経済の活性化を真剣に考えるとすれば、厳しい条件があるとはいえ、限られた範囲であってもどのような経済交流が可能か、そのことに付いても真剣に検討すべきだろう。場合によってはビザなし交流のように、原則問題に関して双方が知恵を出し合って「グレーゾーン」的なアプローチが必要になるのかも知れない。ただ、最後にもう一度強調しておきたいことは、つぎのことだ。主権問題は単なるタテマエやメンツの問題ではなく、あらゆる外交、安全保障の根幹となる問題である。したがって、これに拘るのが頭の固い冷血漢という見方は、国際関係本質を理解していないナイーブでまったく間違った考えでもある。北方領土問題で日本が主権問題に拘らない「おおらかな」アプローチをすれば、もちろんロシアは歓迎し喜ぶだろう。しかし、ロシア側は内心では日本を軽蔑し嘲笑するのは間違いない。(おわり)
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