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2011-08-28 00:00
民主党党首選について思うこと
入山 映
サイバー大学客員教授・(財)国際開発センター研究顧問
詰め腹を切らされた菅さんに代わる民主党の党首を選ぶ選挙、つまり事実上の総理大臣選びが間近かに迫った。やれ政策論議がないの、公示から投票までの期間が短かすぎるのと、批判する向きも多い。しかし、小泉政権誕生以来総理が変わる時に、政策を明示して、国民が変化を実感したことなど一度だってあっただろうか。その意味では、別に珍しくない。ということは、民主党になったからといって、特にプロセスに格段の変化は見えなかった、ということだ。
その象徴とも言うべきなのが、巷間伝えられる小沢一郎氏の影響力だ。100名からの票田を掌握しているのだから、彼の好きな「数は力」を地で行くことになるのは自明だが、それよりももっと象徴的なのは、彼が「勝ち馬」に乗るという一点にのみ関心があって、国家の方向は愚か、どんな政策に興味があるのかが、全く見えてこず、それを誰も問題にしないことだろう。かつて彼が政権構想の様な『日本改造計画』なる著書を出版したのを記憶されている方も多いだろう。しかし、これとてビジョンには遠く、お取り巻きの役人の作文目録の域を出てはいなかった。それを言い出せば、谷垣さんが、石破さんが、あるいは前原さんが何を目指しているのか、はっきり理解している人は少なかろうから、小沢さんのみをあげつらうのは、フェアではないかもしれない。
とすれば、一回生議員を中心に彼の周りに集まっているお取り巻きのほとんどがなぜ群れているか、は明らかというべきだろう。何も小沢グループ100人に限らず、選挙に絶対の自信がある一割か二割の代議士を除いては、どの旗の下で戦えば選挙に勝てるのか、が唯一の関心事で、全ての去就判断の鍵はそこにしかないことになる。呉越同舟とは言わないまでも、なんであの人とこの人が同じ党にいるのだろうというのは、民主主義の多様性などと言うきれいごとではなくて、その辺りに起因するのは誰でも知っている。さればこそ、脱官僚支配をかざした「みんなの党」が旗頭、あるいは起爆剤になるのを期待したのだが、これが全くの期待はずれ。目下のところ、民主・自民両党が割れて新しい「選挙の看板」が出来る気遣いはないようにさえみえる。
とはいっても、選挙で首相が交替しても、前任者が投獄されたり、処刑されたりしない程度には、成熟した民主主義の下にあることを慶すべきなのかもしれない。ムバラク氏はともかくとして、オレンジ革命で世界に名を馳せたあの三つ編み金髪のティモシェンコさんもいまは獄中にある。お隣の国の元大統領も、余りハッピー・リタイヤメントというのは聞かない。せめてそれ位を慰めにして、出来の悪いドラマでも見ることにしようか。
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