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2011-06-01 00:00
(連載)首相の言葉はなぜ心に響かないのか?(2)
高畑 昭男
ジャーナリスト
鳩山前政権の鬼門となった普天間問題でも、菅氏は昨年11月の日米首脳会談で、オバマ米大統領に対し「(普天間問題は)日米合意を基礎に沖縄県知事選後に最大の努力をしたい」と語った。これも、よく考えてみれば「最大の努力」を約束しただけだった。
世の中には、「結果」でしか評価されない職業が少なくない。スポーツ選手、ビジネス経営者、そして政治指導者もそうだ。過酷なようだが、いくら努力を尽くし、刻苦勉励を重ねても、そうした徳が評価されるのは、現役を退いて回顧録の世界に入ってからだ。現役ならば、まずは試合に勝ち、ビジネスを成功させ、政策を実現しなければ、誰もほめてくれない。「郵政民営化」を貫き、無謀ともいわれた解散総選挙に打って出た小泉純一郎元首相の例をみるまでもなく、結果を賭けて勝負してこそ、国民は耳を傾けるものだ。
菅氏の場合は、具体的な結果よりも「努力する」という約束ばかり目立つために、国民の心に響くものに欠けるのではないか。先の施政方針演説では、「全力を…」が前後8回あった。最近の施政方針演説でみると、昨年1月の鳩山氏は1回、自民党政権時代の麻生太郎氏と小泉氏(2006年)はそれぞれ4回で、歴代首相と比べても多い。菅氏は国づくりの理念として「平成の開国」「最小不幸社会の実現」「不条理をただす政治」を掲げた。しかし、いずれも難解な部分が多く、具体的でわかりやすい印象に乏しかった。「熟議の国会」を繰り返し、重要課題で自らの明確な方針は示さずに、与野党協議に委ねようとする姿勢も感じられた。
意図的にそうしていると勘繰っているわけではない。市民活動家出身とあって、何事にも「全力を尽くす」との信念が先に立つのかもしれないし、なかには官僚の作文もあるのかもしれない。それでも、現役の指導者である以上、プロセスと結果は似て非なるものであるという認識は、最低限必要だ。結果をしっかりと約束せずに、努力の安売りで終わっていては、何を訴えても空回りをしているようにみえて仕方がない。(おわり)
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