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2010-12-02 00:00
(連載)対露政策失敗の責任(1)
袴田 茂樹
青山学院大学教授
メドベージェフ大統領の北方領土訪問を許した責任に関して、あるいは日露関係を大きく後退させた責任問題に関して、客観的事実を無視した、あるいは根本的原因に目を向けない筋違いの批判論が流布している。ひとつは、本来メドベージェフ大統領は平和条約問題に関して前向きの柔軟姿勢を有していたのに、日本側の硬直した強硬姿勢が今日の事態を招いたという論である。もうひとつは、外務省の情報収集能力の低下が、今日の事態を招いたという論だ。前者は事実誤認に基づくものであり、後者は問題を転嫁、矮小化するものである。それについて、簡単に説明しておきたい。
まず、メドベージェフ大統領は柔軟な姿勢を有していたか、という点に関して。大統領はリベラルな発想を有しており、経済の現代化のためにも、欧米や日本との関係を改善したいと思っている、ことは事実だ。しかし、彼は「弱いリベラルな大統領」であり、それだからこそ、グルジア戦争の時のように、強硬姿勢を示す必要があるというジレンマを抱えている。そのことを知っておく必要がある。まず、北方領土問題についての彼の姿勢を検証しよう。大統領は2008年11月の麻生首相との首脳会談で「型にはまらない(独創的)アプローチ」とか「次の世代に委ねない」と一見柔軟な姿勢を示した。翌年2月のサハリンでの首脳会談でも、この言葉は再確認された。では、メドベージェフが独創的アプローチと言うとき、何を意味するのか。この言葉で日本側に求めたことは何か、ロシア側がどこまで「独創的」たろうとしたのか、考えてみたい。
日本側に求めたことは明確である。それは、「4島返還要求」は取り下げて、経済その他の分野の協力を進めよ、という意味だ。横浜の日露首脳会談でも「平和条約へのアプローチを変え、経済を主軸にするよう」求めた。では、ロシア側自身はどのような独創的アプローチを考えていたのか。メドベージェフ大統領は2009年9月のニューヨークでの国連総会時に、就任したばかりの鳩山首相と首脳会談を行った。鳩山首相が領土問題解決に特別の意欲を有していることは、ロシア側にもよく知られていた。そのときも大統領は独創的アプローチについて、「平和条約交渉を一層進め、精力的に行っていきたい。独創的なアプローチを発揮する用意もあるし、同時に、法的な範囲の中で議論を行うことも重要である」(外務省)と述べた。
「独創的」と言いながら、同時に「法的な範囲で議論」と述べていることがキーポイントである。というのは、ロシア側は、領土問題に関する日露間の合意で法的拘束力を有するのは、両国の国会で批准された日ソ共同宣言(平和条約締結後に歯舞、色丹の2島引き渡しに合意)だけで、国会で批准されていない東京宣言(4島の帰属問題を解決して平和条約締結に合意)は単なる政治声明に過ぎない、との立場を維持しているからだ。したがって、「法的な範囲で」とは、間違いなく「日ソ共同宣言の枠内で」という意味である。即ち、交渉は歯舞、色丹の「2島返還」の枠内に限る、とクギを刺しているのだ。この言葉が内包している重要な意味について、日本の多くの専門家やマスコミ界のロシア・ウォッチャーも気付いていなかった。(つづく)
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