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2010-11-03 00:00
北方領土問題はどこで誤ったか
若林洋介
学習塾経営
昨年2月、メドベージェフ大統領が「独創的解決案」を提唱し、麻生首相が「面積二等分割案」を腹案として対処しようとしたことは、一歩前進であった。ところが外務省の高官が「面積二等分割案」を表明した直後、自民党・保守系議員たちを中心に日本の国会(衆議院)は「北方四島全面返還」の立場から「日本固有の領土」を明記した「北方領土問題解決促進特別措置法改正案」を通過させてしまった。これに対抗してロシア下院は、日ロ平和条約交渉の期待が失われたと非難し、撤回しなければ交渉が行き詰まると警告する声明を本会議で採択した。この「改正法案」については、地元の北海道の北方領土返還運動の側から積極的な要求があったわけではなく、むしろ消極的でさえあった。
まともに国際政治の現実を直視できていたならば、対ロシア「四島全面返還論」ほど非現実的な議論はない。むしろ、メドベージェフ大統領と麻生首相の両首脳による歩み寄りと政治決断の気運を、千載一遇のチャンスと捕らえることこそ、政権与党がなすべきことであった。自民党保守系の「国家主権」という観念に縛られている連中が、この千載一遇のチャンスを台無しにしてしまったのだ。北方領土問題について問われなければならないことは、「なぜ、戦後65年間にもわたって返還がなされなかったのか」ということである。政治は結果責任なのであるから、「その理由は、全面的にソ連・ロシア側にある」というのなら、日本外交の無能さを相手国側に責任転嫁しているにすぎないというものだ。
そういう立場に立つ日本の政治家たちは、「今後も四島全面返還を要求し続けるが、実現しない場合は、それはロシア側に責任があり、ある日本政府には無い」という気楽な立場に立っているからではないか。それよりも「四島を取り返すことはできなかったが、三島(歯舞・色丹・国後)までは、なんとか取り返すことができました」(面積二等分割案なら、三島以上)というのが、政治の責任というものだ。今までの日本政府および政治家のスタンスは、「四島返還を【主張すること】」が政治の責任と勘違いしているのではないか。政治の責任は、「具体的な【成果を示すこと】」であるという自覚がまるでない。
「四島返還を【主張すること】」なら誰でもできる。誰でもできることを主張して自己満足しているだけなら、百年経っても貝殻島一つ返っては来ないだろう。北方四島の全面返還をいったん棚上げして、面積二等分割案という大胆な提案をするのも一つの解決案ではないか。また国境紛争問題の解決の基本は、あくまでも二国間でなされるべきというのが国際政治の常識であって、国際社会が関与するという前例はほとんどない。政治は結果責任である。「日本国民の皆さん、残念ながら四島全面返還はできませんでしたが、三島を取り返すことができました。また今後は、日ロ平和条約の締結をもって、戦後処理は完結しました」ということなら、日本国民は、しっかり受け止めるに違いない。日本国民は、賢明な国民であることを信じてもいい。
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