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2009-06-15 00:00
北朝鮮問題に見る誤報量産のメカニズム
大江 志伸
江戸川大学教授・読売新聞論説委員会特約嘱託
北朝鮮の核兵器・ミサイル開発問題は、国連安保理の制裁決議採択により重大局面を迎えた。日本は安全保障上、甚大な影響を受ける近隣国の一つだ。安保理協議の日々の推移から北朝鮮の動向、関係国の反応にいたるまで、日本の各メディアが速報、詳報を競うのはうなずける半面、「勇み足」もあった。健康不安説が強まる金正日総書記の後継者にまつわる誤報騒ぎである。中でも、テレビ朝日が6月10日、後継有力候補とされる三男、正雲氏(26)の最新写真を「世界初、独自入手」と大々的に報じた一件は、看過できない面がある。
くだんの特ダネ写真は、放送後に韓国メディアから「別人」との指摘が相次ぎ、テレビ朝日は翌11日、「別人の可能性が極めて高い」とする訂正とお詫びの放送を行った。問題の写真は「金正日似の韓国人男性」が、自分の顔写真を会員制ブログに冗談で掲示したものだった。テレビ朝日はこれを「取材記者が韓国当局関係者から入手した」として報道したのである。放送界の誤報、捏造騒ぎは枚挙にいとまがない。「看過できない」と指摘したのは、ネット情報絡みだった点だ。類似の騒ぎは、「ネタ」をネット公募した日本テレビの「バンキシャ」で起きたばかりだ。教訓は生かされなかったのである。
同じスクープでも、毎日新聞が6月14日付朝刊で報じた金正雲氏の顔写真は、謎に包まれた正雲氏の知られざる経歴に迫りながら、当事者の証言を丹念にとっており、確度は高いと思われる。新聞とテレビの取材態勢の差といってしまえばそれまでだが、ネットの陥穽に自らはまるようでは、報道機関の名が泣くのではないか。ただし、新聞報道でも、産経新聞が6月5日報じた「金総書記長男、正男氏マカオで亡命の公算」という珍妙なスクープがあった。翌日、正男氏本人が現地で日本のテレビ局のインタビューに応じ、亡命説はあっさり消えた。
北朝鮮に絡む怪情報、偽情報は、以前は韓国発が圧倒的に多かった。昨今は「日本優勢」の観がある。国全体が兵営と化し、断片情報しか入手できない北朝鮮の鎖国体制が第一の要因であることは論を待たないが、日本特有の事情もある。拉致問題を境に極度に悪化した国民感情と、歴史的に引きずる北朝鮮への嫌悪感・・・。そうした国民の負の視点に、「覗き見主義」の報道で応えようとするマスコミの姿勢が、怪情報量産の根底にあるのではないか。米中韓の当局者や識者から、「日本は北朝鮮とりわけ拉致問題となると冷静さを失う」との苦言をしばしば聞く。重大局面を迎えた北朝鮮問題に日本が冷静に対処するには、正確かつバランスのとれた報道が鍵となることを再確認しておきたい。
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